松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第45回
日本三大奇書の生原稿揃い踏み。
幻のイベント化必至のたった二日間
2014年12月9日~10日 中井英夫展
ミステリー文学資料展
(付・12月2日~1月10日銀座ヴァニラ画廊『エドワード・ゴーリー展2』)

ミステリ研究家 松坂健

 東京・池袋のミステリー文学資料館。僕たちミステリのマニアには聖地であっても、一般的には地味な存在の文学館だが、そこにお客さんが殺到し、もしかしたら池袋駅前まで大行列ができるかもしれない、という噂が流れた。
 それは大変。さっさと行かなければ、との思いに駆られて、12月9日10時過ぎ、同館主催の「中井英夫展」に向かった。さすがに行列はなし(苦笑)。それでも、9日の日は全部で60名の来館があったというから、これでも同館としては記録ものだと思う。
 いったい、何があったのか。
 「中井英夫展」は11月7日からすでに始まっていたのだが、12月9日、10日、二日間限定で特別なイベントがあったのである。
 誰が名付けたか三大奇書の生原稿が揃い踏みで展示されたのである。

 三大奇書とは、ご承知のように小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラマグラ』そして中井英夫『虚無への供物』を指す。
 昨2014年が『虚無』刊行50周年、そして今年2015年が、『黒死館』及び『ドグラマグラ』の刊行80周年ということで、それらの生原稿を一堂に会しようという企画になった。
 これには、近年、『ドグラマグラ』の手書き初稿原稿が発見され、研究が進んでいることも貢献しているが、よくぞ集めたものと感動ものだ。西洋でいえば「モルグ街とエドウイン・ドルードと月長石の生原稿が揃ったようなもの」(企画者にしてミステリ評論家新保博久氏談)だから、記録的長蛇の行列になるのではないか、という噂になったわけだ。
 さて、ガラスケースに収められた3つの原稿を見比べてみよう。
 最初に気がつくのは、どの原稿もきわめて凡帳面に書かれ、書き殴りではないことだ。字もしっかりしていて、揺るぎがない。
 三作とも十分に構想が練られ、満を持して着手された原稿だと窺われる。
 とくに、虫太郎の『黒死館』には、前回までのあらすじの原稿も付いているが、きわめて丁寧にまとめられている。乱歩も前回までの梗概を自筆でしたためた例があるとのことなので、この頃の作家は、こういう雑稿まで自分でやったものなのだろうか。ついでに、虫太郎自筆の登場人物一覧表もある。これも小さい字でみっしり。このあたりも、これから出る「黒死館」では、きちんと復刻してもらいたいと願うものだ。
 『ドグラマグラ』は例のぶーん、という時計の音から始まる書き出しの原稿が展示されている。原稿用紙自体の保存度が他の二作よりも若干、落ちている感じもあり、長期間の展示はNG。今回たった二日間のみの公開になったようだ。
 ところで、最近のニュースでは、どうやらその時計のモデルになった思しき本物の時計が発見されたとのこと。今でもきちんと動き、その鑑賞会が九州大学で開かれた。その音を録音してCD化し、あわせて生原稿の写真複製も電子化して、音と目で楽しむ『ドグラマグラ』ってどうだろう?
 『虚無』の生原稿も整然としている。別に展示されている構想表とともに、この書物が奇書ならぬ、時代の矛盾を一身に担う本として書こうとする気迫が伝わってくるようだ。
 元々は1955年アドニスという雑誌に一部が掲載されていたのだが、そのときの作品の惹句は長編暗黒小説とくるから、凄いやね。ちなみに、その時の筆名は碧川潭。
 それにしても、いろいろなものがよく保存されていて、楽しい。『虚無』の出版記念パーティの芳名帳などもあって、その中に奈々村久生なんてのがあるのは嬉しい冗談だ。本当は中井氏が久生のファッションについて相談した尾崎左永子さんという歌人の酒落だったとのこと。TV化では深津絵里が演じた奈々村久生、日本ミステリ史上もっともアトラクティブなヒロインだろう、とこれは横道。

 さて、今月はもうひとつ見逃せない展覧会があった。2014年12月2日から15年1月10日まで銀座のヴァニラ画廊で行われた『濱中利信コレクション エドワード・ゴーリーの世界2 ゴーリー・ライブラリー』がそれ。
 ゴーリーは「ブキカワ」(不気味でかわいいという僕の咄嗟の思い付き造語)挿絵画家の巨匠。2013年の年末に一回目をやったところ、思いがけない来客数で若い人の注目が集まったこともあり、今回二度目の開催となった。
 展示はすべて濱中さんの個人コレクションから出たもので、前回とは展示をすべて一新しているというから、コレクターというのは凄いものだなと、改めて思ったり。
 前回が挿絵とポスター中心だったのに対し、今回は題名のライブラリーどおり本の装幀がテーマ。ミステリやファンタジーだけでなく、哲学書や社会科学の本までデザインしているのは知らなかった。実物見ると新鮮。デヴィッド・リースマン『孤独な群衆』なんて、表紙できちんと著者のメッセージが伝わってくる。ブキカワだけの人じゃないね。