日々是映画日和

日々是映画日和(72)

三橋曉

 父と娘の絆を描くお涙頂戴映画か?と見せておいて、中途からの意表をついた展開で観客の度肝を抜く『インターステラー』は、時間軸をねじまげるクリストファー・ノーラン監督の豪腕が見どころの映画でもあったが、時間軸のマジックが印象的な作品が、最近もうひとつあった。韓国映画界の神的存在ホン・サンスの『自由が丘で』だ。帰国した恋人を追いかけて訪れたソウルの町を主人公の男が彷徨うというシンプルなお話だが、エピソード間の時系列が巧みにずらされていて、ミステリ映画とはいえないものの、どこか知的好奇心をくすぐる楽しさがある。主人公の日本人男性を演じる加瀬亮の飄々たる自然体もいい。

 時系列の仕掛けといえば、デヴィッド・フィンチャー監督が映画化した『ゴーン・ガール』でも、それが構成の妙になっている。結婚五年目の記念日、キッチンに血痕を残し、美しい妻が忽然と姿を消した。たちまち夫のベン・アフレックをめぐる悪い噂が野火のように世間を駆け巡り、警察やマスコミも彼への疑惑をつのらせていく。味方は双子の妹キャリー・クーンただ一人だが、次々見つかっていく不利な証拠に、彼はどんどん追いつめられていく。
 と、映画ではここまでがほぼ六十分だが、そこで物語は大きな転回点を迎える。事件以前にまで時間は巻き戻され、今度はエイミーの物語が語られていくのだ。ここからの反転がいわば本作の肝で、妻役のロザムンド・パイクの名演によって、ヒロインの人間像が鮮明になっていく。原作者のギリアン・フリンが脚本も担当し、フィンチャー監督との二人三脚で小説に修正を加え、映画へとトランスフォームした形だ。原作をブラッシュアップしたものが映画と考えても差し支えないだろう。どちらかをとるなら、まずは映画の方をお奨めする所以である。映画雑誌の特集記事で、本作のネタバレがやたら目につくのは残念な限りなのだが。
(★★★★)

 007シリーズの五代目ボンド役でもおなじみピアース・ブロスナンが、第一線を退いた元エージェントを演じるロジャー・ドナルドソン監督『スパイ・レジェンド』。原作者は、オールドファンなら懐かしく思い出すだろうビル・グレンジャーである。CIA工作員であるノヴェンバー・マンことピーター・デヴェローのシリーズは、その昔日本でも数作が紹介されたが、今回映画化された原作は未訳のようだ。原典の冷戦の時代という時代背景は、二十一世紀の世界情勢に置き換えられている。
 かつての同僚ビル・ミストロヴィッチから女工作員の回収を依頼されたものの、モスクワでの作戦のさ中、なぜか味方の手で工作員を殺されてしまった主人公。次期ロシア大統領候補の醜聞にまつわる女性ミラの名を託された彼は、セルビアでミラのことを知るソーシャルワーカーのオルガ・キュリレンコと接触を図るが、待ち合わせ場所でCIAのチームや謎の女殺し屋らと鉢合わせしてしまう。シリアスなスパイスリラーと派手なアクションもののバランスが絶妙で、双方のいいとこ取りに成功している。教え子との師弟対決の構図や主人公の私生活に繋がる過去などが巧みに織り込まれ、チェチェン紛争への言及など、今現実にある問題との向き合い方も悪くない。※1月17日公開予定
(★★★1/2)

 アラン・ユエン監督の『ファイヤー・ストーム』は、アンディ・ラウが刑事を演じる、いわば香港映画の定番料理ともいえる作品だ。優秀な刑事のアンディ率いる警察の特捜班とフー・ジュン率いる強引な手口で犯行を重ねる強盗団の熾烈な闘いが描かれていくが、そこに、幼馴染みで恋人のヤオ・チェンに更正を誓った前科者のラム・カートン、情報屋のフィリップ・キョンらと主人公の織り成す人間模様が重ねられていく。
 ただし、そんなお膳立ては悪くないが、それらをひとつの物語に仕立てる手際は、正直いまひとつ。主人公の中に正義と悪徳の両立を欲張った結果かもしれないが、主人公の人物造型が今ひとつ曖昧で、彼を取り巻く人間関係も、一つの鞘に収まりきれていない。それを補おうとするかのように苛烈な銃撃戦が繰り広げられるが、大げさなばかりで、徒に空回りしているような虚しさが先に立ってしまう。
(★★)

 柴田錬三郎賞を受賞した角田光代の同題小説を原作とする『紙の月』は、今年すでに原田知世主演でTVドラマ化されているが、今度はヒロインの梅澤梨花役を宮沢りえが演じる映画が公開された。銀行の契約社員として働く主人公は、顧客まわりの帰り道の買い物で、ふと魔が差すように集金したばかりの現金の一部を借用してしまう。すぐに穴埋めするが、この時を境に彼女は金銭感覚のコントロールを失い。平凡だが平和だった日常生活は、たちまち崩壊に向って転げ落ちていく。
 横領犯罪と不倫の恋愛の負の連鎖が、ヒロインの転落の速度を加速させていくが、小林聡美や大島優子といった同僚たちとの関係性を通して、ヒロインの心の内を描いていくあたりの演出が実にうまい。監督は、『桐島、部活やめるってよ』で注目の集まる吉田大八。バンコクの雑踏へ消えていくヒロインの後姿が、事件の動機をめぐる答えのない答えのようにも映り、なんとも印象的だ。
(★★★)

 そして最後は、今年も吉例のミステリ映画ベストテンを。(順位はなく、並びは観た順)

1 『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』(キム・ソンス監督)
2 『ある過去の行方』(アスガー・ファルハディ監督)
3 『白ゆき姫殺人事件』(中村義洋監督)
4 『渇き。』(中島哲也監督)
5 『サード・パーソン』(ポール・ハギス監督)
6 『悪魔は誰だ』(チョン・グンソプ監督)
7 『友よ、さらばと言おう』(フレッド・カヴァイエ監督)
8 『レクイエム 最後の銃弾』(ベニー・チャン監督)
9 『ブラック・ハッカー』(ナチョ・ビガロンド監督)
10『ゴーン・ガール』(デヴィッド・フィンチャー監督)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)。日程の特記ない作品は、すでに公開済みです。