松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第59回
究極の〝探偵小説ホテル〟に泊まってみた……ドイツ・クリミホテル宿泊体験記

ミステリ研究家 松坂健

 今年も国際推理作家会議に出席してきた。
 会の名前は大げさだけど、この会が各国から作家、ミステリの批評家などを集めたある種の親睦懇親会のようなものであることは、以前、このコラムでも触れたことがある。
 会議自体の中身については、ミステリマガジンで触れることになるので、ここでは会の余興として希望者だけ参加することになっているヒルスハイムという人口5000人くらいの小さな町にあるKrimihotel(クリミホテル=犯罪ホテル)宿泊体験のことを報告しようと思う。ミステリマガジンでもこのことに触れざるを得ないので、若干、ネタの二度売り的になるけれど、ご了承いただきたい。
 クリミというのは犯罪の意味で、ドイツでミステリのことはkriminal Roman と呼ばれる。フランスではRoman Policier(警察小説)と呼ばれるのと正反対だ。
 実は、この町にラルフ・クランプさんという作家さんが住んでいて、彼が主にドイツ語圏で発刊されたクリミ(ミステリ小説)を3万5000冊以上所蔵し、かつ展示しているクリミナルハウスなる館(地上3階)を持っていることもあって、クリミとは縁の浅からぬ町なのである。だから、ドイツのミステリファンにとっては、この地でクリミナルハウスに訪れ、クリミホテルで宿泊するというのが、聖地巡礼ということになる。
 さてさて、このクリミホテルの趣向がなかなかに凄い。ということで、以下、紙上ホテル見学会ということにしよう。
 クリミホテルの外観。古いホテルの内装リノベーション例のようだ。
 このホテル、趣向としては、26室ある部屋数の内、20室に名探偵、ミステリの名作などのテーマを振り、それぞれに出てくる小道具などでインテリアデザインするというもの。そして廊下にも、怪しげな等身大の人形を配したりというのがミソなのである。
 ちなみに、どんな部屋があるかというと、ジェームズ・ボンド007の間、アルフレッド・ヒッチコックの間、刑事コロンボの間、メグレ警視の間、そしてもちろん、ホームズの間もミス・マープルの間なども。
 それぞれ部屋の中の装飾が違っていて、たとえば刑事コロンボの間は、入るとすぐに衣装かけがあって、古びたレインコートが吊り下げられていたりする。
 「薔薇の名前」(この小説と映画はドイツでたいへんな人気を誇っている。本国のイタリア以上だろう)の部屋などは、質素な屋根裏部屋のようにしつらえてあって、照明も僧院にある太い蝋燭になっていたりする。いやあ、メンバーの部屋を相互に訪問しあうだけでも楽しい。
 部屋に入ると、その部屋のテーマになっているキャラクターの大きな写真、肖像画など。
 ベッドの上にあるのは、普通ならナイトチョコレートなのだが、ここでは睡眠薬代わりの短編ミステリの小冊子が置いてある。
 圧巻はシャワーカーテン。いかがかな。
 他の部屋には、あのノーマンベイツの影が描いてあるカーテンもあり僕が泊まったのは少し大きめの部屋で「デリック」がテーマ。
 これは僕たちには馴染みがほとんどないが、ドイツの刑事ものテレビシリーズで長寿を誇ったものという(1978~1998)。デリックという渋い中年過ぎの刑事が難事件に挑んでいくシリーズで日本でいえば、古くは『特別機動捜査隊」、今なら『相棒』といった感じだろうか。この部屋は居間とコネクトドアで結ばれていて、リビングの方には、デリックの一エピソードがフォトストーリーとして壁一面にびっしり貼られているほど。ドイツのデリックファンにはたまらないだろうな。
 お部屋の他にも英国の大邸宅の食堂を想起させるダイニングホールがあったり、古いホテルを改造したものと見受けられるが、実に楽しい趣向になっているのである。
 ドイツでも日本でいう密室脱出ゲームが流行っているらしく、このホテルでも近く、ゲームが行なわれるとポスターも貼ってあった。こういうホテルは英国にもアメリカにもないから、ドイツに行く機会があればぜひご検討を。但し、フランクフルトからケルン乗り換えでローカル線。たどり着くまではなかなか大変。
 しかし、日本の古い旅館などで捕り物帖などのテーマ旅館など作れるのじゃないかと思いもした。鬼平犯科帳の間とか銭形平次の間、半七の間とかいろいろ作れそうなのだが、どこか考えてくれないものか。