日々是映画日和

日々是映画日和
──ミステリ映画時評(87)

三橋曉

 「空に星があるように」で歌手デビューして、今年が節目の五十周年。この秋、オーチャード・ホールでのリサイタル開催や、インタビュー集「まわり舞台の上で」(文遊社)の上梓などもあって、才人荒木一郎に再び注目が集まっているが、映画ファンとしてはシネマ・ヴェーラの特集上映〝荒木一郎の世界〟が嬉しかった。話題は幻の『脱出』(一九七二年)の上映で、この作品、同年に起きた浅間山荘事件を連想させるという理由で東宝がお蔵入りさせたといういわくがある。雑誌記者を演じる荒木をはじめ、ゴーゴーガールのフラワー・メグやヤク中のフーテン役に石橋蓮司など、キャスティングの旨味と、西村京太郎の原作の面白さを活かした作りで、埋もれるに惜しい作品であることを確認できた。

 矢継ぎ早に製作されるホロコースト映画は、史実や起こっていたかもしれない悲劇を通して、後世へ警鐘を鳴らし続ける役割も果たしている。そんな中にあって、アトム・エゴヤン監督の『手紙は憶えている』は、近年稀にみる衝撃作だろう。一週間前の妻の死も時折忘れてしまうほど痴呆が進んだ九十歳のクリストファー・プラマーは、老人ホームで友人のマーティン・ランドーから読んでほしいと手紙を渡される。彼らはアウシュビッツの生き残りであり、ともに大切な家族を殺された過去があったが、最近になって手を下した元兵士がアメリカに逃れていた事実を突きとめたと記されていた。忌まわしい記憶がおぼろげに浮かんだ彼は、体の不自由な友に替わって、銃を携え復讐の旅に出る。
 プラマーが四人の容疑者を訪ね歩く巡礼形式の物語で、老いと闘いながらの旅路が異色のロードムービーとして繰り広げられていく。途切れない緊張感もあれば、時には感動もある。それだけで十分な完成度の高さだが、その果てに待ち受ける真相には胸を突かれる。ホロコーストは、こういう意味でも悲劇であったという衝撃が、主題と鮮やかに重なり合うのだ。ベンジャミン・オーガストのオリジナル脚本と、いまさらではないが老いを体現するクリストファー・プラマーが素晴らしい。文句なしに本年度のベストワン候補だろう。(★★★★)

 ジョエル・エドガートンといえば、『スター・ウォーズ』シリーズのオーウェン・ラーズ(ルークの伯父)役でおなじみだが、その彼が初の脚本、監督(出演も)に挑んだのが『ザ・ギフト』だ。富裕層が住まうカリフォルニアの丘陵地帯に越してきたジェイソン・ベイトマンは、妻のレベッカ・ホールと買い物に出かけた先で、ジョエル・エドガートンから声を掛けられる。最初は憶えがなかったが、高校時代の同級生だったことがわかり、二人は連絡先を交換する。その翌日、玄関先にカードを添えたワインのボトルが置かれていた。それを皮切りに、夫妻のもとに彼からの贈り物が届き始める。
 出だしはホラーを思わせたりもするが、やがてベイトマンとエドガートンの過去の因縁が浮上してくる。両者をめぐるスリラー的な展開とくれば、過去が明らかになるにつれ、夫婦の関係がこじれていくのもほぼ定石通りだが、裕福で平和な家庭や順風満帆な仕事が、崩れるようにその様相を変えていく展開には説得力がある。またショートショート的なオチには、リドルストーリーのニュアンスも。ただ、贈り物の品々にミッシングリンクがあるかのような宣伝方法は、ややピントがずれているように感じられた。(★★1/2)

 マッシュアップとは、音楽で違う曲を合成して一つの曲にする手法のことだそうだが、原作は翻訳も話題になったセス・グレアム=スミスのマッシュアップ小説。それを『パルプ・フィクション』にも出演していたバー・スティアーズが映画化したのが、『高慢と偏見とゾンビ』だ。十八世紀も末のイギリス、死者が蘇る病が蔓延し、感染者はゾンビとなって国土を徘徊している。ベネット家では、婚期間近の五人姉妹を抱え嫁入り先を探していた。そんな折り、舞踏会で長女のベラ・ヒースコートは資産家のダグラス・ブースと恋に落ち、次女のリリー・ジェームズもまた、ダグラスの友人サム・ライリーの鼻のつく態度に反発しながら惹かれていく。
 この原作者の映画化は、『リンカーン/秘密の書』(原作は『ヴァンパイアハンター・リンカーン』)に次いでだが、ジェイン・オースティンの小説に寄りかかった感のある原作から、映画はさらに設定や世界観を磨きあげた印象がある。ヒロインらのビクトリア朝のコスチュームも眼福だが、大暴れする剣劇にも惚れ惚れと見とれてしまう。ゾンビものには辟易という向きにもお奨めしたい。(★★★1/2)

 おしまいに、今年で最後の第十回カナザワ映画祭で観たイリヤ・ナイシュラー監督の『ハードコア』の話を少しだけ。全編が主人公の主観視点のみで語られていく話題作で、大けがを負い、アイデンティティーも曖昧になったサイボーグが、モスクワの街をさまよいながら愛する妻のヘイリー・ベネットを取り戻すため、ダニーラ・コズロフスキー率いる悪の組織に戦いを挑んでいく。ほのかなロマンチシズムの隠し味も上々で、ツイストも効いている。ただしFPSゲームさながらの画面に、いや~な汗をたっぷりとかいたことを告白しておく。※来春四月一日公開予定。(★★★)

※★は四つが満点(BОМBが最低点)。公開予定日の特記なき作品は公開済みです。