松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第63回
まだまだ続く乱歩さんの舞台化〝夜の夢こそまこと〟の世の中だから?
昭和文学演劇集第5弾『孤島の鬼』2017年2月3日~12日 赤坂レッドシアター
世田谷パブリックシアター『お勢登場』2017年2月10日~26日 シアタートラム

ミステリ研究家 松坂健

 まだまだ続く散歩道ならぬ、乱歩道!
 と、慨嘆したくなるほど、乱歩さん関連のイベントが続いている。つい先日も、極上文學というパフォーマンス集団の朗読劇『人間椅子/魔術師』公演を取り上げたばかりなのだが、2月に入っても、続々、舞台化が続いている。
 まずは、石井幸一氏が率いる一徳会/K・A・Gが昭和文学演劇集と題したシリーズの5作目として取り組んだ『孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに』。
 脚本・演出は劇団主宰者の石井氏自らが手掛けているのだが、これは驚くほど原作に忠実なのに、逆に、驚かされた。
 恐怖の一夜を体験したため白髪になってしまった「私」こと箕浦のその後と、怪事件に巻き込まれてしまう青年・箕浦を別の役者さんが演じ、「私」のナレーションで物語のリズムを作る手法がまずは成功したと思う。
 極上文學もそうだし、この劇団も同じだが、基本的にはイケメン、美貌の青年俳優を揃えているのが、最近の劇団の流行り。
 これはかつて皆川博子さんの『死の泉』などの舞台化を手掛けた男性ばかりの演劇集団、スタジオライフの流れを汲むものだろう。
 この『孤島の鬼』も女性は一人だけ、あとはイケメンでかつ体も鍛えている男役者ばかり。こうなると、当然、やってくるファンは女性ばかり。
 やおい系といっては申し訳ないが、こういうちょっと怪しげなものに反応するボーイズラブ(BL)系が大好きな方々になってしまう。不健康なものに憧れるという意味もこめて腐女子ともいわれる人たちだが、彼女たちの熱い支持をうけて、女性客比率95%。
 実は、こういうBL系愛好家にとって、乱歩さんの作品群ほどの鉱脈はないと思う。
 乱歩さんの男色志向はあまり隠されたものではなく、割にあからさまに表現されているもので、そういう意味では、実に腐女子向きなのである。これを美形の俳優さんでコーティングして、大甘に仕立てるのだから、彼女たちには堪えられない醍醐味があることだろう。
 まして、こういう劇団に居る頃から目をつけた役者さんが成長し、後にブレークしたりすれば、宝塚ファンのような、「先物買い」の楽しみもあるということだろう。
 そういう点で、『孤島の鬼』は題材が成功の要因。途中だれるところはあるが、主人公、運命の子、道雄の箕浦に対する慕情を軸に、きちんと原作の骨組みを押さえていたのには感心した。僕としては拾いものの感じだ。
 まあ、僕自身、乱歩さんでひとつだけ挙げよ、聞かれれば躊躇なく『孤島の鬼』と答えるくらいなので、多少、評点は割引してほしい。それにしても、この小説の最後の一句の激しく読者の心に迫る抒情。これは凄い。
 もう一本は、乱歩の作品から八つのモチーフを取り出して一本にまとめるという離れ業に近い脚色で勝負の『お勢登場』だ。
 こちらは岸田國士賞受賞作家で新しい劇団ムーブメントの旗手と目される倉持裕氏(劇団ペンギンプルペイルパイルズ主宰、テレビドラマシリーズ『信長のシェフ』『弱くても勝てます』の脚本を担当))が書き下ろした作品で、配役が黒木華、片桐はいり、梶原善など。なかなかの布陣で昭和初期の乱歩ワールドをまるごと再現しようという野心的な試みとなった。
 なんといっても、乱歩の作品を八つ選び出し、もともとは何の関連もないものを、ひとつのストーリーラインに乗せてしまおうというのだから、これが大苦心作であることは間違いない。
 選ばれた短編を列挙しておこう。『二銭銅貨』『二廢人』『D坂の殺人事件』『お勢登場』『押絵と旅する男』『木馬は廻る』『赤い部屋』『一人二役』の八短編だ。普通は舞台化に馴染まないとされる本格推理ものまで入れ込んでいるのが、台本作者の心意気というものだろう。
 物語は列車の中の二人の会話から始まる。ひとりが大きな額をもち、そこには男女が睦まじくしている押絵が貼ってある。それを見たいという乗客に男が語り始める。そこから、稀代の悪女、お勢の物語が始まるという枠組設定だ。
 その枠組みの中に物語が埋め込まれ、その中にまた別の物語が入っていて、いつの間にか元の物語になっているという〝入れ子構造〟になっているのがミソだ。
 結構、複雑な展開なので、僕などはきちんと原作を読んでいるので、物語が入れ子になっていても理解できるが、これが乱歩初体験ということだと、ついていくのがなかなか大変だろうな、と思う。
 とにかく8つの物語が入り組むので、全体で休憩なしの2時間半。ところどころ、冗長な部分がないわけではないが、純情そうな顔をして、しれっと悪事を重ねるお勢を主人公にしたのは、素晴らしい発想だった。悪女が紡ぐファンタジックな犯罪の数々で、昭和初期の東京がもつ蠱惑的だが、どこか不安感のある時代色が浮かび上がってくる。
 ここはもう主役の黒木華さんの独擅場だろう。その昭和としかいいようのない美貌と声の質。日本型ファムファタール(運命の女)を見事に演じ切っていると思う。
 乱歩鉱脈。平成の今の世が息苦しくなればなるほど、採掘者が続々と現れそうだ。だって、「現し世は夢。夜の夢こそまこと」と現実から逃げ出したくなる時代だからね。