日々是映画日和

日々是映画日和――ミステリ映画時評(91)

三橋曉

 ネットフリックスやアマゾン・プライムなど、ストリーミング配信サービスが群雄割拠の様相を呈している。日頃の出不精を助長されるのがチト困るが、ドラマ・フリークだけでなく映画ファンにも嬉しいサービスだ。例えば、ギャガが運営する青山シアターでは、一部の公開中の作品も劇場と並行して提供してくれる。対象は〈未体験ゾーンの映画たち2017〉という毎年恒例の特集上映で、前号の本欄でもその『ファスト・コンボイ』を紹介したが、今月もそのラインナップから始めよう。

 『イヴ・サンローラン』でのタイトルロールその人を好演したピエール・ニネが、『パーフェクトマン 完全犯罪』では、作家に憧れる青年を演じる。遺品整理の仕事のさ中に、孤独死した男の手記を偶然見つけた彼は、出来心で自作として出版社に送ってしまう。それが世に出るや忽ちベストセラーとなり、とんとん拍子に成功の階段を登っていく彼。しかし二作目が書けないまま時が過ぎ、次第に窮地に陥っていく。
 犯罪に手を染めた貧乏青年の成功と転落の物語は、映画の『太陽がいっぱい』の呪縛から逃れ難いが、本作もまた新味に乏しい。しかし、富豪の妻との軋轢や、脅迫者の出没など、次第に追い詰められていく主人公の苦悩を生々しく演じるあたりは、さすがセザール賞受賞のニネ。ヤン・ゴズラン監督の演出も手堅く、ラストにはやや意表を突かれた。 (★★1/2)

 先の特集上映作の中にはネット配信の対象外のものもあって、ユッシ・エーズラ・オールスン原作の『特捜部Q Pからのメッセージ』も、映画館に足を運ばねば観られない。過去二作品のミケル・ノガール監督も悪くなかったが、ニコライ・リー・コス(カール警部補)、ファレス・ファレス(アサド)、ヨハン・ルイズ・シュミット(ローセ)の個性派捜査陣はそのままに、監督をハンス・ペテル・モランドに交代したこの第三作は、本国デンマークで大ヒットを記録したという。
 コペンハーゲン警察の迷宮課こと特捜部Q。リーダーの警部補がストレスで休みのさ中、海辺に流れ着いたという壜に入った謎のメッセージが持ち込まれた。解読すると、そこには子どもが書いたと思しき「助けて」の文字が。ボスも復帰し、子どもの行方不明事件を調べ始めるが、その矢先、新たな誘拐の報が飛び込んでくる。ヒットの要因は、前半のハイライトである鉄道を利用した身代金引き渡し場面のスペクタクルだろう。しかし、犯人との息詰まる対決というシリーズの持ち味が濃くなる後半の緊張感は見事で、ポール・スヴェーレ・ハーゲンの歪んだ犯人像が冷たい光を放っている。(★★★)

 五年前に〈ブラジル映画祭〉で上映されたきりだった作品が、晴れて公開。と、それはめでたいのだが、東京では単館、しかもレイトショーのみというのは、いかがなものか。さらに、このレビューをご覧いただいている時点で、すでに終了している可能性は大。紹介者として甚だ不本意だが、ブラジルから登場したアフォンソ・ボイアルチ監督の『トゥー・ラビッツ』は、タランティーノが嫌いでさえなければ、絶対オススメの犯罪映画である。
 ゲーム三昧の安穏な日々を送る主人公の青年フェルナンド・アルヴィス・ピントは、車で信号待ちのさ中、強盗に襲われる。犯人を追いかけ、なぜか儲け話を持ちかける彼。一方、サンパウロの町中では、ギャングが現金を強奪するが、殺人を誘発してしまう。悪徳検事と弁護士の夫婦は、そんなギャングに殺人の罪を逃れる術を売り込もうとするが。二癖も三癖もある登場人物たちの物語が、シャッフルされる時系列の中で、複雑に織りなされていく。しかし錯綜具合と比例するかのように、やがて浮かび上がる真相はカタルシスたっぷり。断片的に挟まれる映像の謎も、ジグソーパズルよろしくキチンと収まり、アニメーションがシンクロしてくるなど映像の遊び心も嬉しい。埋もれさせたくない作品である。(★★★★)

 観る者に強烈なトラウマを植えつける〝復讐三部作〟(復讐者に憐れみを、オールド・ボーイ、親切なクムジャさん)のパク・チャヌクだが、その後ハリウッドで撮った『イノセント・ガーデン』は、エグ味を残しつつもずい分と洗練されていて驚いた。七年ぶりに韓国で撮った『お嬢さん』は、なんと英国作家サラ・ウォーターズの「荊の城」が原作。とはいえ舞台を日本占領下の朝鮮半島に移し、中盤以降の物語も大胆に改変されているので、翻案といった方がいいかもしれない。
 詐欺師の一家に育てられた孤児のキム・テリは、ケチな悪党のハ・ジュンウにそそのかされ、華族の令嬢キム・ミニの小間使いとして大邸宅で暮らし始める。伯爵を騙るぺてん師の狙いは、彼女と結婚し、財産をせしめることだった。作戦は成功するかに見えたが、思いがけない展開が彼を待ち受けていた。古書を巡る奇矯なジャパネスク、激しい官能描写など、観る者を眩惑することこの上なしだが、原典の面白さは損なわれていない。注目は付け加えられた形の第三部で、パク・チャヌク・ワールドが一気に爆発する。英国のゴシック・ロマンスの鮮やかな変貌ぶりに拍手を。(★★★1/2)

※★は最高が4つ、公開日の記載なき作品は既に公開済みです。