日々是映画日和

日々是映画日和(99)――ミステリ映画時評

三橋曉

 通い慣れた映画館が次々閉館していく寂しさは喩えようがないが、それによるスクリーンの減少を補うかのように発掘系の映画フェスが盛んなのは嬉しい。DVDスルーで観られるものもあるが、映画館のスクリーンで観る機会は、何ものにも代え難い。すでに〈未体験ゾーンの映画たち〉と〈カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション〉があるが、そこに新たに加わったのがこの秋スタートしたシネマート系列の〈のむコレ〉だ。名前の由来は担当者名だそうだから、ラインナップによほど自信があるのだろう。他に較べてアジア系が多いのも嬉しい。お手並み拝見と行きたい。

 その〈のむコレ〉の第一弾で目を惹いたのが、香港発の『ダブル・サスペクト 疑惑の潜入捜査官』だ。テレビ・シリーズだったドラマの続編で、監督のジャズ・ブーンはそこから引き続いてメガホンを取ったと思しい。香港警察情報課を率いていた警視が死の直前に個人のデータを消去したのは、敵組織に潜入中の味方を守るためだった。その二年後、Q警視正ことフランシス・ンの命令で潜入中の捜査官ニック・チョンは、麻薬組織の首魁の右腕ルイス・クーとの信頼関係を作り上げていた。しかし、リオデジャネイロの大規模な麻薬取引をきっかけに、データの消失で所在が不明の捜査官をめぐって、双方のサイドが疑心暗鬼の状況に陥って行く。
 各国でリメイクされた『インファナル・アフェア』以来の潜入捜査官ものだが、中盤からのシーソーのようなプロットは、宣伝コピーにある〝パラノイアが爆発する!〟がぴったり。そこに、ドラマからの連続出演組カーメイン・シェーやホイ・シウホンの其々のエピソードが絡むのだから、盛りだくさんで見応えがある。『レクイエム 最後の銃弾』の二人が、今回もツートップの活躍を見せる。(★★★1/2)

 ジェフ・ミルズの激しくノイジーな音楽に脳髄を直撃される『光』は、三浦しをん原作だ。プロローグは二十五年前、東京の離島で暮らす三人の子どもたちが、満月の夜に自分たちの島が津波に襲われる瞬間を高台から目撃する。少年の一人はレイプされた少女を救うため、殺人を犯したばかりだった。そこから時間が飛び、三人は成人し、それぞれ都会で生活している。市役所に勤め、橋下マナミと所帯を持つ井浦新に、幼い頃の弟分で音信の絶えていた瑛太から連絡が入る。彼はマナミと密通しており、今も昔の殺人の証拠を握っていると脅かす。
『さよなら渓谷』の大森立嗣監督の新作と聞いただけで期待が膨らむが、それは裏切られない。二十五年の空白を解き明かして行く前半は、『さよなら渓谷』の終盤でにわかに高まるミステリ・タッチに通じるものだし、後半は一転して暴力的な犯罪映画へと転げ落ちて行く。数奇な運命に結ばれた三人三様の心模様が、ノワールの黒に塗りつぶされて行く展開は、観る者を魂の荒れ野へと引きずり出さずにおかない。(★★★★)
 
『探偵はBARにいる3』は、監督を前二作の橋本一から吉田照幸に交替しての(脚本は引き続き古沢良太)、大泉洋がススキノを舞台とした私立探偵を演じるシリーズ第三作。今回の依頼人は助手こと松田龍平の後輩だ。行方知れずの彼の恋人前田敦子を探す二人は、早々に彼女が風俗嬢まがいのバイトをしていたことを突きとめ、所属のデートクラブの黒幕に札幌の裏社会で名を馳せるリリー・フランキーがいることを知る。しかしその矢先、調査から手を引けとの手荒い脅しがかかる。
 前作から四年の間隔はいかにも長いが、悪戯にお話を作り過ぎた過去作に較べ、軽快で淀みない展開が小気味良い。思い切って原作を離れたことも成功の一因だろう。謎の女北川景子の存在感も見事で、そこに鈴木砂羽が絡む過去のエピソードで物語に奥行きも加わっている。無責任なのは承知だが、プログラミングピクチャーの乗りで連発すれば、シリーズはどんどん面白くなると思う。主演二人のスケジュールがそれを許さないだろうけれど。(★★★)

 ミズーリ州の田舎町のはずれにあって通る車も少ない道路の端に、突如出現した三つの巨大な屋外広告看板。そこには七ヶ月前に少女がレイプされ、殺された事件の進展しない捜査に対し、警察を揶揄する文言が連ねられていた。広告を出したのは、被害者の母親で、パトロールから戻った巡査のサム・ロックウェルは興奮して報告するが、非難広告の槍玉に挙げられた署長は取り合わず、捜査に集中しろと言うだけだった。
 断っておかねばならないのは、マーティン・マクドナー監督の『スリー・ビルボード』は、レイプ殺人事件をめぐるフーダニットではないことだ。いわゆるミステリ映画ではないが、物語の幕開きからは想像もできなかった場所へと観る者を連れて行く。その過程の先の読めない展開が、なんともスリリングな作品だ。娘との最後のやりとりを後悔し、怒りの矛先に自分でも戸惑う母親を、『ファーゴ』の女警官役フランシス・マクドーマンドが淡々と演じてみせる。周囲との軋轢に苦しみ、孤立していく彼女を思いやる署長は、実は末期ガンに冒され、残された日々を惜しむように家族へ愛情を注ぐ男でもある。そして町の緊張感が飽和状態に達した時、ある人物をがんじがらめにしていた頑なな心が静かにほどけていく。そんな幕切れへと至る幾つもの人間関係とドラマがどれも実に濃やかなのだ。ミステリ映画好きにもぜひお奨めしたい所以である。※来年二月一日公開(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。