ミステリーへの入り口
このたび入会させていただくことになりました、辻堂ゆめと申します。『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を二〇一四年にいただいて以来、日本推理作家協会に入ることをずっと楽しみにしておりました。ようやく機会に恵まれ嬉しく思っております。今回、ご推薦いただいた千街晶之様、あいま祐樹様のお二人には厚く御礼申し上げます。
それほど興味を持っていたのならなぜすぐに入会手続きを取らなかったのかと思われるかもしれませんが、デビュー当初、私は大学四年生でした。ついこの間まで子ども服のお店で働いてようやく月五万円程度のバイト代をもらっていたような有様で、卒業旅行の予定もいくつか控えておりましたから、入会金や年会費を払うだけの貯金がなかったのです。お恥ずかしい話ですが……。
大学四年生の秋に受賞が決まって以降、内定をもらっていたIT通信企業の人事部に慌てて兼業の許可を取りにいき、あれよあれよという間にデビュー作が刊行され、その二か月後に入社式を迎え、配属が決まり、その傍ら長編二作目の準備を進め――といった調子で目の前のことに翻弄されているうちに、気がついたら三年以上もの時間が経っていました。
今思えば、ほんの二か月のうちに作家デビューと社会人デビューを両方迎えるというのも、なかなかできる経験ではなかったのではないかと思います。最初は何かと大変でしたが、とりあえず三年間、泳ぎ切れてよかったとほっとしています。
そんなわけで、まだ社会人としても小説家としても三年目の若輩者ですので、こういう場で語れるような人生経験も面白い話もありません。テーマが自由ということでまた思い悩んでしまったのですが、ここでは少しばかり、私がミステリーに関心を寄せるようになるまでの過程について綴ってみたいと思います。
幼い頃から読書が大好きで、年齢相応の本をひたすら読んで育ってきました。ホームズ、ルパン、怪人二十面相などはひととおり読破しましたが、ミステリーを特に好んで読んでいたわけではなく、いろいろなジャンルに手を出していました。
私が初めて大人向けのミステリーに触れたのは、中学生のときです。フジテレビの月9枠で、テレビドラマ『ガリレオ』が放映されました。福山雅治さんと柴咲コウさんの名コンビや、息をのむストーリー展開にのめりこみ、友達と毎週のように感想を語り合いました。東野圭吾さんの原作小説も夢中になって読みました。まだ当時はミステリーの世界のことをよく知らず、唯一知っていたミステリー作家が東野圭吾さんという状態でした。お話を書くことはこの頃から好きだったのですが、ミステリーという分野の作品が山ほど刊行されていて、その中でも区分けがいろいろとあって、このジャンルを専門にしている作家さんもたくさんいる――なんてことは、露ほども分かっていませんでした。
そんな中で、「ミステリー」というジャンルを意識する決定的なきっかけとなったのは、湊かなえさんの『告白』との出会いでした。
高校一年生のときのことです。
実は中学生の途中から高校一年生の終わりまで、父の仕事の都合でニューヨーク近郊に住んでいました。高校二年生から神奈川の公立高校に編入することになり、編入試験を受けに日本へ一時帰国しました。その帰り道、成田空港で、「飛行機の中で読む本を一つ買ってきていいよ」と母が千円札を一枚くれました。そのとき本屋さんの店先に平積みされていたのが、『告白』だったのです。
書店員が書いたと思われるポップを読んで、私はどうしてもこの本を買いたくなってしまいました。ですが、母からもらった千円札一枚では単行本は買えません。「お母さん、書いたい本がハードカバーだったからもう少しお金ちょうだい」と打診してみると、「ええっ、文庫本かと思ったのに」と母は困ったような顔をしつつ、千円札をもう一枚渡してくれました。よく考えたら、あのとき母が娘に渡すお金を出し渋っていたら、私が小説家になるようなこともなかったのかもしれません。
そうして購入した『告白』を、飛行機に乗り込んで二時間以内で一気読みしてしまいました。成田からニューヨークまでのフライトは、十三時間かかります。残りの十一時間、私は余韻と興奮に浸り続けました。
それで、心に決めたのです。私も、ミステリー小説を書いてみよう! と。
東野圭吾さんも湊かなえさんも日本推理作家協会の会員ですので、この文章を万が一にもご覧になる可能性があると思うとドキドキしてしまいますが……およそこのような経緯で、私はミステリーに興味を持ち、だんだんと自分でも書いてみるようになりました。
ミステリーと出会わせてもらえたことに心から感謝しながら、これからも小説を書いていきたいと思います。
皆様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。