日々是映画日和(102)――ミステリ映画時評
前号の本欄で『殺人者の記憶法 』を採り上げたが、その直後に〝新しい記憶〟と銘打たれたもう一つのバージョンが公開された。一連の出来事に幕が降りた後、入院中の主人公が検事補に問われて事件をふり返っていく形で、先の正編がほぼそのまま回想シーンとして使われている。問題は付け加えられた部分で、先日来、頭の中で疑問符が踊っていたラストシーンにやっと納得がいった。がしかし、同時に新たな謎も浮上。ちなみに本国では“監督”版と呼ばれているらしいこのバージョンの終わり方は、同題のキム・ヨンハの原作小説(クオン刊)に近い気もするが、結末はイコールではない。さて、真相やいかに?
瀧本智行監督の『去年の冬、きみと別れ』は、中村文則の同題作が原作だが、忠実な映画化ではなく、原典を一度解体し、改めて構築し直した別バージョンと言っていい。女性に火を放ち撮影する猟奇的な殺人の容疑者として世間の注目を集めた天才カメラマンの斎藤工。姉の浅見れいなが弁護士を雇うなどして、実刑を免れ執行猶予となった事件を執拗に追う駆け出しのジャーナリスト岩田剛典は、大手出版社に企画を持ち込んだ。しかし取材を進める彼から編集長の北村一輝のもとに、自分の婚約者である山本美月がカメラマンに囚われ、監禁されているという知らせが飛び込んでくる。
原作の小説にはミステリとして類稀なる趣向が凝らされていて、その年の〈このミス〉でもマニアックな読み手の票を集め、ランクインした。その趣向への拘りを残しつつ、小説の雰囲気はそのままに、映画版は時系列を入れ替え、主人公に改変を加えるなどしながら、もう一つの別の世界を作り出している。ミステリ映画としての佇まいも、いささか強引な部分はあるが、見終えてみれば実に整然としている。大胆な脚色を施しつつも、原典へのリスペクトを失っていない脚本のお手柄だろう。
※3月10日公開(★★★★)
『アンノウン』、『フライト・ゲーム』でおなじみ、ミステリ映画のクリーンヒッター、ジャウマ・コレット=セラが帰ってきた。しかも、リーアム・ニーソンとのコンビで。『トレイン・ミッション』の舞台は、ニューヨークを走る通勤列車だ。警官を辞め、保険のセールスマンとして働いてきたリーアム・ニーソンは、その日、十年勤めた会社から解雇を言い渡されてしまう。酒場では昔の同僚パトリック・ウィルソン警部補に慰められるが、帰宅の足どりは重い。帰りの電車の中で、そんな彼に謎めいた頼み事を持ちかけてきたのは、見知らぬ女のヴェラ・ファーミガだった。高額の報酬に心が揺らぎ、怪しいと疑いつつも、彼女の言う人物と鞄を探すことになった主人公は、泥沼に足を突っ込んだ自分を呪うが、妻が人質に取られているという事実が彼を窮地に追い込んでいく。
謎解きに重きをおいた車内における犯人探し、列車暴走のスペクタクル、そしてもう一つさらなる見せ場もあって、サービス精神は実に旺盛。ジョセフ・サージェントの『サブウェイ・パニック』が浮かび、ニヤリとさせられる部分もある。犯罪のための犯罪のようなまどろっこしさもあるが、105分を一気に駆け抜けるスリルとサスペンスは十分体験するに値する。※3月30日公開(★★★1/2)
喧嘩好きのガキ大将だったチョ・インソンは、権力を中心に世の中が回っていることを悟り、一念発起して猛勉強の末、検事の試験に合格する。地方都市の新人検事に着任して程なく、教え子を暴行した教師が議員の父親のコネで放免されたのを目の当たりにする。次第に権力になびいていく彼は、ソウル地検の超エリート部長チョン・ウソンのおぼえで、出世街道を突っ走ることになるが。
ハン・ジェリム監督の『ザ・キング』は、韓国の現代史と並走するように語られていく主人公の年代記だ。ナレーションを交えたスピーディな展開に最初は少し戸惑うが、憧れていた権力にやがて反旗を翻して行く男の姿が、力強く描かれて行く。ミステリ色はやや希薄ながら、幼い頃からの親友で、主人公とは別の道を行くリュ・ジュンヨルとのエピソードが泣かせる。語られるのは男たちのドラマだが、主人公の妻キム・アジュン、地検監察部のキム・ソジンら女優陣も要所で物語を引き締め、花を添えている。※3月10日公開(★★★1/2)
三大特集上映(私の勝手に命名だが)の一つ〈未体験ゾーンの映画たち〉が、今年も四月にかけて開催中だ。ヒロインたちの暴走が抱腹絶倒の『68キルズ』や十九世紀ロンドンを舞台に切り裂きジャック以前の連続殺人を扱った『切り裂き魔ゴーレム』(どちらも原作あり)など、玉石混交の中に光るミステリ映画もあるのも例年通りで目が離せない。ここではマ・ドンソク主演の『アンダードッグ 二人の男』を採り上げておこう。
カラオケの風俗店を営み、妻子を養うマ・ドンソクは、裏社会では頼れる兄貴分として慕う者も多い。そんな彼の甥ミンホは不良少年で、叔父から車を盗み、借金の形に恋人を店で働かされることに。マ・ドンソクの人懐こい魅力で見せる犯罪映画だが、甥っ子と昔の仲間キム・ジェヨンの仲が抉れ、そこに主人公の家族が巻き込まれて行く終盤は、緊張感が一気に高まる。『新感染 ファイナル・エクスプレス』で進境著しいマ・ドンソクが強くて人情味ある役柄を好演。そのキャラは、この後公開される『犯罪都市』の刑事役へと引き継がれて行く。(★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。