健さんのミステリアス・イベント探訪記 第75回
『13・67』の著者、陳浩基さん来日
島田荘司氏、横山秀夫氏とトークショー連打
2018年3月9日 島田荘司氏と(文藝春秋西館)
3月10日 横山秀夫氏と(丸善丸の内本店)
こう言ってしまっては、中国の方たちに失礼にあたるかもしれないが、ついにミステリの世界でも国際クラスの作家が誕生したなあと思う。
日本でも週刊文春のミステリーベストテン、本格ミステリベストテン(ともに翻訳部門)で第一位に輝いた『13・67』の作者、陳浩基さんである。
香港在住の現在43歳。香港中文大学の計算機科学系を卒業、WEBサイトのデザインやゲームの企画を専門にしていたが、2008年頃からミステリ執筆を開始、2011年には『世界を売った男』で第二回島田荘司推理小説賞を受賞している。
今回は堂々の大長編で、その出来栄えは中国語でミステリが出た! というようなもの珍しさの領域ではなく、正直、グローバルスタンダードのミステリが誕生したといっていいと思う。
刊行されてかなり経っているので、読まれた人も多いと思うが、簡単に内容にも触れておきたい。
基本的には連作長編になっている。六つの短編(というよりボリューム的には短い長編くらいのある)で構成されていて、すべてロー警部という正義感溢れる刑事が主人公になっている。そのロー警部と彼の上司で、犯罪捜査上の師、クワン警視との交流が軸になって、すべての挿話が結びつく趣向だ。
このクワン警視がなかなかすごい。「天眼」とあだ名されるほど、すべてを見通す推理力とハードボイルドに暗黒街の男たちとも戦える武闘派の側面ももつ男で、結果的には中国武侠ものに多い師弟ものの側面も持っている。
そして、この本のオリジナリティは、6つのエピソードが並べられた順番にある。
『13・67』は2013年、1967年を表している。6つの挿話はそれぞれ2013、2003、1997、1989、1977、そして1967の年の事件を扱う。これを起きた順ではなく、いちばん近い2013年から始めて、1967年に遡っていく。第一話ではクワンは既に瀕死の床についていて、ロー警部を通して大富豪一家の中の事件を推理する。そして第二話の2003年はアイドルがらみの事件がテーマになる。
ロー警部もクワンもどんどん若くなっていくのだが、それに付随してクワンの性格や正義感などがどんどん描き込みが深くなっていく。若き日のローの純情ぶりも際立っていくわけだ。
陳氏の狙いには香港現代史を再現することも含まれていて、6つの章はすべて、雨傘革命やSARS騒ぎ、香港返還、冷戦終結、天安門事件、そして文化大革命の香港への波動などの歴史的背景をもっている。
この時間逆行の構成が物語に大きなふくらみをもたらしている。時系列の逆転は結構、ありそうだが僕自身はミステリで同様の趣向をもったものを他に思い出せない。時代小説だと、山本兼一さんの『利休にたずねよ』が利休切腹から始まって、利休の青春まで遡る構成だった。
その陳浩基さんを招いての公開対談が二件、相次いで行われた。
ひとつは、陳浩基さんと島田荘司さんのトークイベントで2018年3月9日、文藝春秋西館地下ホール、mぽうひとつは3月10日、丸善丸の内本店で行われた横山秀夫さんとの公開対談。どちらも会場満杯の大盛況だったことを報告しておこう。
文春で行われた対談は、陳さん登場のきっかけを作った島田荘司さんが相手。中国語のミステリ振興を意図した台湾での「島田荘司推理小説賞」が陳さんのような国際級作家を生む成果は、島田さんの思いの一部が実現したようで素晴らしいことだと思う。陳さんも、クワン警視に対するロー警部のような師を仰ぎ見るような態度で、これがなんとも微笑ましい。聞き手が島田さんだけに、話の中心は台湾・香港における新本格隆盛だった。
翌日は『64』『半落ち』の横山秀夫さんがパートナー。こちらは、横山さんが警察小説と本格推理小説の結合を高く評価。しかも、香港現代史への挑戦の意義にも触れて、本格だけに終わらないプロット力に感銘を受けていたようだ。
陳氏自身、自分はミステリからの影響だけでなく、たとえば『インファナル・アフェア』のようなホンコンノワールからも強くインスパイアされているとも語っていた。作品のレパートリーもホラー、SF、ファンタジーと既に幅広い守備範囲を誇っている。
この丸善の対談終了後、香港に大急ぎで帰り、香港行政長官選挙に間に合わせること、と述べていた。このミステリには警察批判も含まれているがゆえに、のんびりした雰囲気の青年作家だけれど、それなりに緊張感もあるのだろうと思う。その翌日はマカオで現代作家のシンポジウムがあり、参加予定だが、すでに欧州の作家数名が中国政府から参加拒否通告を受けているとのこと。「僕も拒否されるかも」と笑ってはいたのだが。
最後に両方の会場で共通に出た質問への回答を再録しておこう。「日本のミステリでなにがいちばん好きですか?」の問いに対しては、明快そのものに『獄門島』と答えておられた。トリックや謎解きだけでなく、戦争直後の日本の田舎の雰囲気描写が大好き、とのことだった。