日々是映画日和

日々是映画日和(103)――ミステリ映画時評

三橋曉

 今月は、ミステリ映画好きなら必携の新刊をまず紹介する。千街晶之編著の「21世紀本格ミステリ映像大全」(原書房)は、今まさに百花繚乱の時代を迎えているミステリ映像の世界を俯瞰する見晴らしのいいサイドリーダーだ。映画やドラマはもちろん、テレビアニメやバラエティ、コントまでも視野に収めた守備範囲の広さが特徴だが、知られざる傑作を教えてくれる優れたカタログ機能も充実。目をひくのはテレビの「謎解きはディナーのあとで」や「貴族探偵」で注目される黒岩勉へのインタビューで、ツボをおさえた質疑応答が売れっ子脚本家の創作の現場を詳らかにしている。

 さて、ビョン・ソンヒョン監督の『名もなき野良犬の輪舞』は、ギャングたちの一見何気ないやりとりを捉えた最初のシーンからして、見応えある犯罪映画の予感しかない。場面は塀の中へと移り、受刑者だけでなく刑務所そのものを取り仕切る囚人のソル・ギョングが、無鉄砲な新入りのイム・シワンに目を止める。二人の間にはいつしか信頼関係が築かれていくが、実はそれぞれの心の内には相手に知られたくない思惑が隠されていた。
 巧妙に伏せられた全体のプロットが朧げに見えてくるまでに、はじまりからほぼ四十分。しかし、そこから物語はさらに加速し、時間軸を遡りながら、真相をめぐる天秤が激しく左右に揺れ続けるのだ。組織のボス役イ・ギョンヨンが流石の貫禄だが、ソル・ギョングの弟分キム・ヒウォンが非情ながら人懐こい悪党役でいい味を出している。韓国映画が誇る脇役陣の層の厚さには舌を巻くばかりだが、他にも捜査陣の要で紅一点のチョン・へジンらの好演が、信頼と裏切りのせめぎ合いを人間ドラマに浸潤させている。※5月5日公開予定(★★★★)

 ハイスミスの自伝的作品『キャロル』を映画化した監督トッド・ヘインズの新作『ワンダーストラック』は、『ヒューゴの不思議な発明』と同じブライアン・セルズニックの小説が原作だが、作者自らが脚本を担当している。交通事故で母親を失った十二歳の少年のオークス・フェグリーと、女優に憧れる少女のミリセント・シモンズ。切実な目的を抱えて家を出た二人は、それぞれに大都会のニューヨークへと向かうが、紆余曲折ののちにマンハッタンの自然史博物館にたどり着く。
 並行する二つのストーリーラインがどこで交錯するかが興味の焦点だが、両者には半世紀という時間の隔たりがある。実は主人公らは共に聴覚の障害を抱えており、それがサイレントを思わせる静謐な画面とシンクロする。そこに寄り添うように流れる音楽の、中でも二つのバージョンが使われるデビッド・ボウイの「スペース・オディティ」がしみじみいい。二人を繋ぐキーマンとしてジュリアン・ムーアとトム・ヌーナンの二人が自然史博物館の絡んだ真相への道案内役を務めるが、サイレントからトーキーへの映画の過渡期への郷愁をたたえつつ、二十世紀のニューヨークを襲った椿事が効果的に使われている。(★★★)

 ストリーミング配信サービスのNetflixは、オリジナル作品や独占公開作を次々提供して目が離せないが、数あるオリジナル作品の中でも『ブレードランナー』と世界観が重なり合う近未来のベルリンを舞台にした『ミュート』は、ノワール・ファンなら必見だろう。主人公のアレクサンダー・スカルスガルドは、幼い日に事故で声帯を失い、言葉を話せない。クラブに雇われるしがないバーテンの仕事で糊口をしのぎ、恋人のゼイネブ・サレーと過ごすひと時だけが生き甲斐だ。しかしある時、忽然と姿を消した彼女の行方を追い、裏社会に彷徨いこんでいく。
 監督のダンカン・ジョーンズは、タイムリープものの『ミッション:8ミニッツ』でミステリ映画ファンにもおなじみだが、沈黙を意味するタイトルの本作は、彼の出世作となった『月に囚われた男』ともリンクし、その世界を共有している。主人公を襲う孤独感と、歪んだ暴力が支配する物語の表層下には、甘くやるせないロマンチシズムが横たわる。無音の世界と原色の未来観が、物語の悪夢を嫌でも際立たせており、フューチャー・ノワールという言葉が定着するとしたら、その嚆矢となるのが本作だろう。(★★★★)

 前号でも『アンダードッグ 二人の男』を採り上げたが、キム・ギドクの『殺されたミンジュ』やユン・ジョンビンの『悪いやつら』で忘れがたい存在感を放っていたマ・ドンソクは、今乗りに乗っている。そんな彼の刑事になりたかったという夢を自らの企画で実現させたのが、カン・ユンソン監督の『犯罪都市』である。衿川(クムチョン)の町に乗り込んできた中国の新興犯罪組織と地元マフィアが抗争を繰り広げる中、警察の強力班を率い、街中を全力疾走する姿は、鈍足どころか誰よりもパワフルだ。
 映画では道化役にまわることの多い韓国の警察組織だが、衿川警察が二〇〇四年に行った朝鮮族組織の一掃作戦の実話が基になっている本作では、凶悪事件と闘う刑事たちの見事なチームワークが描かれる。その中心は、班を率いるマ・ドンソクで、ヤクザもビビる強面と、人情の厚さでチームを牽引する。ユーモアとサスペンスを兼ね備えた、活きのいい警察ドラマの誕生だ。※4月28日公開予定(★★★)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。