日々是映画日和(106)――ミステリ映画時評
今年から開催場所が再び横浜になったフランス映画祭で『SEE YOU UP THERE(英原題)』が上映され、監督のアルベール・デュポンテルが来日した。ご存じの方も多いように、デュポンテルは俳優としても四十本近くの出演作があるベテランで、ジャプリゾの「長い日曜日」が原作の『ロング・エンゲージメント』等、ミステリ映画出演も少なくない。幸運なことにインタビューの機会をもらい、今回の上映作に加えあれこれ聞くことができた。いずれ〈ミステリマガジン〉に載ると思うので、ご覧いただけると嬉しい。と、ここまでが宣伝(失礼)。実は今回の上映作はピエール・ルメートルの『天国でまた会おう』の映画化で、すこぶる出来がいい。原作を上回るとつい口が滑るほどの仕上がりで、年明け公開の予定と聞く。こちらも、期待してお待ちいただきたい。
さて今月一本目の『クリミナル・タウン』は、『ヒッチコック』を撮ったサーシャ・ガヴァシの新作だ。ワシントンDCのハイスクールに通うアンセル・エルゴートは、ビデオ日記の作成が趣味の、ぱっとしない高校生だ。ガールフレンドのクロエ・グレース・モレッツとやっとのこと初体験を済ませるが、その日コーヒー店でバイト中の親友が何者かに射殺される。ギャングの抗争に巻き込まれたと警察やマスコミは結論するが、納得できない彼は目撃者捜しを始める。しかし周囲はそんな彼に、なだめたり脅したりし、事件から手を引かせようとする。
原作はサム・マンソンの小説で、ハヤカワ・ミステリ文庫から原作も出ている。やがて浮かび上がって来る真相は社会派のものだが、意外性も薄く新味にも乏しい。『ベイビー・ドライバー』で人気急上昇中のアンセル、そしてクロエ主演の青春恋愛映画としてならともかく、ミステリ映画としては食い足らない。彼らの人気にあてこんだ作品と言われても仕方のないところだろう。※八月二十八日公開(★★)
ある時はやり手のサラリーマン、またある時は資源ごみの処理工場でバイトするさえない男。妻は入院中と周囲に偽り、畑の中の借家で自堕落な生活をひとり送っている、そんな中年男を津田寛治が演じる『名前』は、いくつもの偽名を使い、世間を欺いて生きようとする男の物語だ。ある日、工場で嘘がばれそうになるが、娘を名乗って忽然と現れた少女駒井蓮が窮地を救う。その日を境に彼に懐き、つきまとう少女を怪訝に思いつつ、男は親子のような親しみを感じ始める。
飄々とおかしみを滲ませる主人公と、時折みせる笑みが破壊力抜群のヒロインの心の交流がしっかり描かれているからこそ、その水面下の道尾秀介的な仕掛けが生きて来るのだろう。そう、本作は道尾秀介原案で、本人は自らの詞を乗せたテーマ曲も歌っている。三部構成にしたケレン味も、エレファント型として時間を遡り、別の角度から物語に光をあてる手法もいい。欲をいえば、高校演劇部の部分がやや消化不良か。清水邦夫の『楽屋』を採りあげ、部室での稽古をヒートアップさせる女生徒たちが魅力的なだけに惜しい。彼女らのお姉さん格にあたる筒井真理子の好演もあり。(★★★1/2)
英本国よりもフランスに読者が多いと言われたハドリー・チェイスの人気神話は、今も不変のようだ。「悪女イヴ」の二度目の映画化(前回は、一九六二年の仏伊合作映画『エヴァの匂い』)となる『エヴァ』はフランス映画で、監督は重鎮のブノワ・ジャコー。ヒロインのエヴァ(=イヴ)をイザベル・ユペールが演じる。
介護の仕事をするギャスパー・ウリエルは、浴槽で発作を起こした老作家を見殺しにし、彼の戯曲を盗んで発表し一躍有名になる。しかし二作目が書けるわけもなく、借金に汲々としながら執筆のため婚約者の別荘に向かった。そこで雨宿りと称して入り込んだ怪しいカップルに驚き追い払おうとするが、エヴァという女性の不思議な魅力に魂を奪われてしまう。
チェイスは通俗作家と言われるが、この原作に関していえば、偽作家を翻弄する魔性の女の掴みどころない怖さを濃やかに描いている。その点で、今回のイザベル・ユペールは先のジャンヌ・モローよりも柔軟性があり、現代的な悪女像を見事に演じている。ちなみにウリエルは、ユペールの役柄ではなく、彼女本人が怖いと語ったそうで、それもむべなるかな、と思える彼女の成り切りぶりだ。※七月七日公開(★★★)
これで御歳八十四歳というのだから驚くしかない。デルフィーヌ・ド・ヴィガンの原作を映画化したロマン・ポランスキーの『告白小説、その結末』は、作家の産みの苦しみを描き、それをミステリ映画に仕立ててみせる。
新作を上梓したばかりの女性作家エマニュエル・セニエは、書店のサイン会で熱狂的ファンと出会う。ゴーストライターの仕事をしているというエヴァ・グリーンは、スランプ状態の作家を力づけ、二人はやがて一緒に暮らし始める。しかし、創作への助言は次第にエスカレートし、やがて作家の私生活にも立ち入り始める。
前半に、女性作家が罠に陥ったことを表現する印象的なくだりがある。物語の転換点として以前と以後を実にスムーズに橋渡ししてみせる名シーンで、終盤謎の女の正体をめぐって浮上する伏線の核にもなっていく。メタフィクションの原作をミステリとして作り込んだ脚本のオリヴィエ・アサイヤスの手柄も大きい。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。