松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第88回
7月31日、惜しまれつつミステリー文学資料館閉館。個人でも考えさせられる蔵書の末路

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 7月31日、東京・池袋のミステリー文学資料館が惜しまれつつ閉館した。
 運営にあたっている光文社文化財団の発表では、入居している光文社ビル自体が老朽化したのにともない取り壊し、建替するためとのこと。1999年4月の開館だったので、ジャスト20年の歴史だった。
 館内に開架式で配架されたミステリに関する資料の閲覧ができたほか、時に応じて、ミステリー文学大賞受賞者について自筆原稿や様々な資料を展示するイベントなども行ってきた。最終の展示会は綾辻行人さんのもので、これが20年間で最大の来館人数だった。
 館自体の存在を閉館を惜しむツイッターやフェイスブックの投稿で知ったファンが多かったようだ。こんなユニークな図書館だったのに、存在感が薄かったのはきわめて残念なことだった。
 関係者に配布された書面によると、貴重な資料類に関しては、光文社本社(護国寺)内に移転する財団のスペースに書棚を設け、また光文社の倉庫なども活用して収蔵する予定と発表されている。
・「新青年」「宝石」など『探偵雑誌目次総覧』に記載の戦前、戦後の探偵雑誌、並びに「幻影城」などは保存
・『黒死館殺人事件』『ドグラマグラ』などの稀書については特殊な保存方法について保存する
・上記資料は将来的にコピーサービスを検討
・これら以外の資料については、しかるべき倉庫に保存
・一旦、閉館になるが、今後もミステリー文学資料館の再開に向けての協議、活動は続けていく
 以上が詳しい中身で、秋口には資料館の今後についての展望が見えてくるのではないだろうか。
 一時は、資料館に集まっていた膨大な数のミステリそのものの単行本の蔵書をどうするかで議論が白熱していたと聞き及んでいるが、ひとまずは保存の方向でまとまったようで、そのこと自体は喜ばしいことだ。
 それにしても、膨大な書籍を収集、保存、維持管理、公共サービスに寄与させる。大変コストがかかる文化事業だと思う。
 ミステリ専門の図書館としては、パリにあるビリーポBILIPO(Bibliothec Literature Policier)が1995年の開館で先輩格だ。こちらはパリの一等地に地上4階、地下1階建てのビル。パリ市の経営で、こういう大衆文学にまで配慮する文化行政の奥深さは、もっともっと見習ってほしいものだ。
 フランスで刊行されたミステリを収蔵するほか1階にはミステリ文献の数々が整然とおさまり、非売品の同人誌なども丁寧に集められ、きれいにクロース装されて配架されていたりするのを見ると、ほれぼれしたくなる。ミステリ文献学者であったレジ・メサックを記念するホールなどがあって、定期的に講演会や勉強会などが開けるようになっている。この公開性が魅力だ。
 ということだが、蔵書を将来に向けてどう残すかは、別に図書館に限らず、個人でも同じことだ。大学図書館への寄付というのが普通のルートだが、最近では図書館自体のスペースが不足し、退職された先生方の研究室の貴重なコレクションはほとんど受け付けられていないのが現状だ。
 ただ、個人的にはこれから僕の書庫にある本をまとめて引き取ってくれるところを探そうと考えている。それは夢みたいな話に思われるかもしれないが、地方の小中学校の廃校を利用した町おこし施設との協力体制だ。
 先日、ある設計デザイナーと旅をする機会があって、「実は、こんな話があって、心が傷んでいるんだ」とミステリー文学資料館の収蔵書物の保存について話し込んでしまった。そうしたら、数日後、メールがきて「そういうことなら、僕が関係している千葉・大多喜町の廃校活用プロジェクトで検討できるかもしれない」という返事だった。
 実はこのデザイナーさん、日本スギダラケ倶楽部という集団のリーダーで、日本のいろいろなところに杉材を使った建物づくり、既存の建築物のリニューアルなどを行い評判のお方だ。すでにJR九州の日向駅をすべて杉でつくったり、この7月には山形県・高畠町に素晴らしい図書館を完成させている。
 その活動の一つに大多喜町の廃校を地元住民と訪問者に開放されたコミュニティスペースに仕上げた事例があって、順調に活用が始まっているというのだ。
 その方いわく「教室はいくつもある。その一つ一つに本棚を入れればいいだけの話でしょ」と。もちろん、資料管理の人材などが必要ではあるが、当面、蔵書の散逸を防ぐ効果は十分にありそうだ。
 人口減によって、これから廃校するところは増える一方だし、一般の民家だって空き家化していくことだろう。これの活用が町おこしでも重要なテーマになっている。
 今、こういう分野で真剣に議論され始めているのが、CCRC構想というものだ。
 なんじゃい、それは、と思われる方も多いだろうが、Continuing Care Retirement Center の略称だ。定訳はまだないが、まあ、持続的リタイアメント・ケアセンターということだ。要するに、地方で増殖すること間違いない廃屋や廃校、公共ホールなどを、都会で暮らしていて定年退職する人たちのための第二の「我が家」にしてもらおうというプロジェクトだ。いわば都心からの住民移住政策の一端だが、ただ住むだけでは魅力がない、そこに楽しさや高齢者ケアなどの価値を付けてみたらどうだろうか、という考え方だ。
 その中でも、アメリカで数か所成功例が出ているのが大学連携型CCRCだ。
 これは地方にある大学の周辺にあるさびれ始めた町の誰も住まなくなった民家などを借り受け、そこに大都市の大学に勤務していた教授・研究家の蔵書をまるご移してもらおうというもの。寄付した人の義務は一年に数回は手弁当で当地を訪れ、講演や勉強会の指導、ゼミナール運営などすること。普通の住民たちに「第二のキャンパスライフ」を楽しんでもらおうというもので、これに医療面でのケアがつけばやがては移住者も増えるだろうという目算だ。
 僕が描いているのは、この大多喜町のようなところに大衆文化型CCRCがつくれないか、という夢なのである。
 文化の保存は家賃の高い都心では荷が重い仕事だ。これからはこういう地方移転もありではないかと考えるものだ。
 夢見るついでに、ミステリだけでなく、SF、ファンタジー・ホラー、アニメなどもどんどん呼び込めば世界に冠たる大衆文化研究センターになることもありはしないか。とりあえず、微細なものだが、僕自身のコレクション(ミステリ文献と洋書はそこそこある)を置かせてもらえないか、話だけでもしてみるつもりだ。