日々是映画日和(62)
三橋曉
昭和史の謎の中でもきわめつけのひとつは、いったい誰が太平洋戦争を開戦に導いたか? だろう。そのあたりにどう言及するのか気になって、ピーター・ウェーバー監督の〈終戦のエンペラー〉(原作は岡本嗣郎のノンフィクション)を観たが、新たな発見は残念ながらなかった。しかし、この作品で描かれるマッカーサーと昭和天皇をめぐる終戦間もない時代のひとコマは、もっと広く日本人に知られていいと改めて思った。今年もまた八月十五日がやってくる。
撮影が長引いたせいで製作費用がかさみ、ひと頃は頓挫しかけているという噂まで耳にした〈ワールド・ウォーZ〉だが、無事完成まで漕ぎ着けたのはめでたい。三年前に翻訳されたマックス・ブルックスの原作は、語り手が次々交替していくスタイルだったが、映画ではほとんど主人公の元国連捜査官の視点で語られていく。ある朝、妻とふたりの娘を乗せたブラッド・ピットの車は、渋滞中のフィラデルフィア中心街で、パニックに巻き込まれてしまう。きっかけとなったトレーラーの事故は、正体不明のウィルスに感染し、凶暴化した人間によるものだった。暴徒と化した感染者たちの襲撃を逃れ、一家は国連のヘリに救出されるが、そこで主人公を待ちうけていたのは、過酷な任務だった。
さかんに流れるTVのCMスポットでは、なぜか伏せられているが、原作を読んでいなくても、すぐにゾンビ映画であることは判る。死者がやたら俊敏だというのも新鮮だし、その数で圧倒するかのような映像もド迫力だが、ロビン・クックの「アウトブレイク」を連想させる疫病のパンデミックが人類を滅亡の危機に陥れるというストーリーにしたのは成功だろう。結果として、ありがちなホラー映画とは一線を画するゾンビ映画が出来上がった。監督は、〈ステイ〉や〈007/慰めの報酬〉などでおなじみのマーク・フォースター。(★★★1/2)
個人的に好きなコンゲーム映画を挙げるなら、間違いなく三指に入る〈ビッグ・スウィンドル!〉だけど、そのチェ・ドンフン監督がまたもやってくれた。〈10人の泥棒たち〉は、キム・ユンソクをリーダーに、韓国、香港、中国からなる混成窃盗団が、マカオの巨大カジノを舞台に、VIPルームに保管される世界にたったひとつの大粒のダイヤモンド〝太陽の涙〟を強奪しようとするお話しだ。
さる御曹司から秘蔵コレクションを盗み出す手口を見せるオープニングから、韓国版〈オーシャンズ11〉とでもいうべきケイパー(強奪計画)映画のスリルは満点。鉄壁の警備の隙間をつくミッションの面白さもさることながら、窃盗団内部の人間模様がめまぐるしく変化していく後半は、宝石の行方をめぐって最後の最後まで息を呑む展開が続く。ジョニー・トー作品の常連サイモン・ヤムや冬ソナのキム・ヘスク、〈猟奇的な彼女〉のチョン・ジヒョンらスターが一堂に会しているのも見どころだろう。(★★★1/2)
そのチョン・ジヒョンが、〈チェイサー〉、〈哀しき獣〉のハ・ジュンウと夫妻を演じる〈ベルリンファイル〉では、その名のとおりドイツの首都を舞台に、朝鮮半島の南北両国がしのぎを削る。北の諜報員と大使館の通訳官という彼ら夫婦の関係は冷めて久しいが、キム・ジョンイルが死の間際に欧州へ移したと噂される秘密口座をめぐる陰謀が、二人にさらなる試練を与える。
スパイ戦という物語の性格柄、その構図が見えにくいきらいはあるが、両国の抗争劇という大枠に、それぞれが内紛の火種を抱えているという状況を把握すれば、入っていきやすいだろう。ベルリン・ロケも見どころのひとつだが、主人公をめぐって、母国からの刺客リュ・スンボムとの屈折した確執や、本来は敵である南の諜報員ハン・ソッキュとの微妙な距離感が、ふんだんなアクション場面とともに緊張感を高めていく。監督は、リュ・スンワン。今の韓国映画界の勢いを示す一本といえるだろう。(★★★)
韓国映画ばかり贔屓にしているようで気がひけるが、キム・ギドク監督四年ぶりの復活作〈嘆きのピエタ〉も避けて通るわけにはいかない。悪辣な消費者金融の手先として借金の集金を請け負うイ・ジョンジンのもとを、謎の女チョ・ミンスが訪ねてくる。彼女は、その昔まだ赤ん坊だった彼を捨てた実の母親だという。執拗につきまとい、これまでの埋め合わせをするかのように彼に尽くそうとする女。債務者を障害者にしてまで借金を取り立てる血も涙もない男の心の中で、猜疑心は彼女への愛に変わっていくが。
魂を震わせる映画があるとすれば、本作はまさにその一つだろう。ある事実が明らかになるくだりの衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがある。優れた映画は往々にして良く出来たミステリ映画でもあるが、伏線のひとつひとつが次々その意味するところを明らかにしていく後半の面白さは格別だ。社会の隅へと追いやられ、魂の荒野をさ迷う人々の心に救いは訪れるのか?
観る者もまた痛みをおぼえずにはおれない作品だが、そこに示されたキム・ギドクの答えは、残酷なくらいに明快である。(★★★★)
ハリウッドに君臨するローランド・エメリッヒの世界は、拝金主義を告発するキム・ギドク作品と対極だが、こちらの作品にも資本主義下における権力構造への不信感が根底にあることは間違いない。〈ホワイトハウス・ダウン〉では、娘をともない、大統領府のシークレットサービスの面接試験のためホワイトハウスを訪れたチャニング・テイタムが、大規模なテロ事件に巻き込まれる。
エアフォース・ワンやブラックホークを惜しげもなく登場させ、議事堂をあっさりと爆破してみせるエメリッヒだが、物語の背景には武器商人と政府のつながりや、湾岸戦争以降のアメリカの憂鬱が垣間見える。大味との謗りを受けかねない火薬の量と無茶な展開ぶりも、その背景ゆえに絵空事と片付けられない迫真性がある。(★★★)
※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。