日々是映画日和

日々是映画日和(123)――ミステリ映画時評

三橋曉

 原作とその映像化作品はよく似た双生児のようなものだが、あくまで二卵性だということを再認識されてくれるのが『朝が来る』だ。既に二〇一六年に東海テレビがドラマ化しているが、今回の映画化は永作博美と蒔田彩珠が演じる二人の母親像を対比させ、ドキュメンタリーの手法を織り交ぜるなど、監督の河瀨直美らしさが鮮明になっている。一方、辻村深月の原作を再読してみると、特別養子縁組を主題に、家族に反発し自分なりの生き方を必死に手探りする若きヒロインの軌跡を濃やかに追い、ミステリであることにも十分に腐心し、構成に工夫が凝らされている。ミステリ度では原作が上を行くが、脚本にも関わる河瀨監督は時系列の入れ替えを多用するなど、スリリングな構成で負けていない。近日公開と予告されているが、原作を既読の読者にも新たな感慨を抱かせる映画化だと思う。

 さて、出演作も多い人気者のマ・ドンソクだが、シルベスター・スタローンによるリメイクの噂もある『悪人伝』では、気は優しくて力持ちという、おなじみの善玉のイメージをやや外れる。暴力組織を率いる組長の彼は、その晩、横暴を諌めるために兄弟分を訪ねた帰り道、手下を引き払い、自らの運転で帰宅することにした。ところが追突してきた後続車から降りてきた謎の男にいきなり刃物をふるわれ、二人は激しく揉み合う。互いに深手を負うが、激しい雨の中を男は逃走してしまう。一方、はみ出し者の刑事キム・ムヨルは、所轄管内で起きた事件を連続殺人だと疑っており、雨中の事件も同一犯だと直感した。手下に逃げた男を探させるヤクザ者と、上司の命令に背き事件を追う刑事の目的は期せずして一致、呉越同舟の共同捜査が始まるが。
 水と油の相容れない同士がバディを組むという設定は、割と古典的なもので、本作でも手堅い面白さを生んでいる。本人同士だけでなくやがて部下たちもが心を許し合うが、そこから事態は急展開し、緩から急への見事なギアチェンジを見せる。善人が顔に出て、悪に徹しきれないマ・ドンソクにもどかしさを覚えないといえば嘘になるが、互いに反発し、思うに任せないチームワークに焦点を合わせつつ、キム・ソンギュの不敵な犯人像も鮮明にしていく。イ・ウォンテ監督の手腕は、評価していいだろう。(★★★1/2)※七月一七日公開

 デイヴィッド・マレルのデビュー作「一人だけの軍隊」は、映画化にあたり主人公の末路を改変して続編が作られて来たが、まさかここまで長く続くとは誰も想像しなかったのではないか。ランボー役のシルベスター・スタローンも最初は三十六歳だったが、現在は七十三歳。全作で脚本にも関わり、まさにライフワークの一つとなった。前作『ランボー/最後の戦場』(二〇〇八年)以来の第五作『ランボー ラスト・ブラッド』では、そのシリーズの変遷すらも俯瞰してみせる。
 故郷アリゾナの牧場で余生を送るランボーにとって、養女ガブリエラとその祖母は大切な家族だった。しかし二人と暮す穏やかな日々は、ガブリエラが離別した父を探しにメキシコへ向ったことで一変する。訪ねた父親には冷たくされ、人身売買組織の手に落ちた彼女の救出作戦は、組織と遺恨のある女性ジャーナリストの手を借り、辛うじて成功。満身創痍でトラックを運転するランボーは、養女を隣に乗せ故郷をめざすが。
 スタローンはじめ製作陣はシリーズ最終章を意識し、原点回帰とも思える主人公の孤独な戦いを描いていく。家族のテーマも鮮明だが、見どころはサバイバリストとして本領を発揮し、迷宮のような地下壕を戦場に見立て殲滅作戦に奔走する、既視感ある主人公の姿だろう。その顔に刻まれた傷跡の数々が、彼の長く孤立無援の旅路を思わせ、シリーズは最終作に相応しいクライマックスを迎える。(★★★)*六月二十六日公開

 ダニエル・ラドクリフが死体役で出演、大活躍(?)する怪作『スイス・アーミー・マン』のダニエル・シャイナート作品というだけで興味をそそられるが、『ファーゴ』や『シンプル・プラン』を研究し、タイトルからしていかにもな『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』。しかしこのタイトルは、実は曰く言い難い本作のいかがわしさを表してもいる。
 夜な夜なアマチュア・バンドのリハーサルに励む三人の男たち。練習を終えると、日頃の憂さ晴らしとばかりに大酒を飲んでは、ハメを外す。しかしその翌朝、男たちは動かなくなったメンバーの一人ディックを病院前まで運び、這々の体で自宅に逃げ帰る。一体何が彼らに起きたのか? お手本にした映画からの本歌取りとおぼしき田舎町の閉塞感を背景に、不可解な事件をめぐり当事者のメンバーたちやその家族、保安官たちのやるせない日常を浮かび上がらせていく。タイトルにもある被害者の名前が俗語で意味するところを考えると、本作の人を食った真相も呑み込み易いかも。評価は、その馬鹿馬鹿しさに敬意を表し、★一つ相当のこれを久々に呈上したい。(BOMB!)※八月七日公開

 ノーベル平和賞の受賞者で、国連事務総長在任中に紛争地のアフリカで殉職したダグ・ハマーショルドだが、今も払拭されない謀殺説に迫ったドキュメンタリーが、『誰がハマーショルドを殺したか』である。一九六一年九月、コンゴ動乱の調停に向かう国連事務総長を乗せたチャーター機がローデシアで墜落し、ハマーショルドを含む乗員乗客全員が死亡した。原因は操縦ミスと発表されるが、半世紀後、国連は事件の再調査に乗り出し、謀殺の可能性を示唆する報告がなされることになる。
 どことなく頼りない相棒のヨーラン(父の代から事件を追うスウェーデン人)と組み、二丁のシャベルだけで事故現場を掘り返そうとする監督のマッツ・ブリュガー。〝大丈夫かいな、この人たち?〟と思ってしまったら、既に彼らの術中だ。やがて証人たちを訪ね歩く調査が隘路に陥った二人に、貴重な手がかりが舞い降りてくる。そこから詳らかになっていくアフリカに暗躍する秘密組織と彼らのトンデモな野望、そして背後に垣間見える某国の影。あらぬ方向で弧を描いたブーメランが戻ってくるようにハマーショルド事件に再び焦点が合う。フェイクをも疑いたくなるほどの劇的な展開に唸らされる。(★★★1/2)※六月公開

※★の評価は最高が四つ、その逆はBOMB!。公開日は予定、記載なき作品は公開済みです。