日々是映画日和

日々是映画日和(131)――ミステリ映画時評

三橋曉

 乱歩の可愛いアイコンで、遅ればせながらツイッター・デビューしたわれらが推協のアカウントも、フォロワー数が鰻登りだそうだが、ライドシェアのドライバーが、フォロワー獲得のためSNSで殺人のストリーミング配信を繰り返すという映画が『スプリー』だ。その中で感心したのが、スプリット・スクリーン(画面分割)の使い方で、かつてデ・パルマが使い古した手法を、巧みに使いこなしている。B級もいいとこのホラー映画だが、スマホやSNSが日常に定着した今こそのアイデアだと再認識させてくれる。

 ところで、その『スプリー』の先輩格として思い浮かぶのが、総てがPC画面からなる『search/サーチ』(二〇一八年)だが、同作でデビューしたアニーシュ・チャガンティ監督の第二作は、そういうケレン味を一切排した『RUN/ラン』である。筋肉機能不全の下半身麻痺で車椅子生活を送ってきた十七歳の少女キーラ・アレンは、愛情深い母親のサラ・ポールソンとともに郊外の一軒家で暮らしていた。ある時、帰宅した母親の買い物袋の中に自身の常用薬を見つけるが、それが自分宛てに処方されていないことに気づき不審に思う。あの手この手で調べた結果、彼女は信じ難い事実を知ることに。
 シンプルながら力強いプロットは、サスペンス映画のお手本のよう。車椅子でしか移動できないヒロインの境遇をフルに活かし、ヒッチコック映画のような屋根の上のシーンがあるかと思えば、ネット文化の上に成り立った前作を裏返し、ネット環境から遮断される恐怖感を醸し出してみせる。子を思う親の気持ちの描き方という点でも、前作との対比でニヤリとさせてくれる。(★★★1/2)*六月公開予定

『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』を原点に、『スナッチ』『リボルバー』『ロックンローラ』といった犯罪映画の足跡を残してきたガイ・リッチーだが、その集大成ともいうべきが『ジェントルメン』である。
 大麻ビジネスでロンドン暗黒街の顔役となったマシュー・マコノヒー。ある夜、その右腕チャーリー・ハナムを私立探偵のヒュー・グラントが訪ねてくる。引退を考える顔役は、富豪のジェレミー・ストロングに事業売却を目論んでいた。しかし中国系マフィアのヘンリー・ゴールディングの出現や、ボクシングジムを営むコリン・ファレルの弟子たちが大麻の秘密農園を襲撃、さらに顔役を恨むゴシップ誌の編集長エディ・マーサンまでが絡んで騒動が巻き起こる。ゲスな探偵はそれに乗じ、ゆすりを企んでいたのだ。
 一見こみいっており、人間関係は錯綜するが、それが次第に解きほぐされていく展開が実に快感だ。どこか憎めない悪党たちの一人一人が愉快だし、ジャズの即興演奏のような台詞のやりとりも最高。顔役の妻役で、したたかな紅一点ミシェル・ドッカリーがいい味を出している点も見逃せない。従来の路線をさらにグレードアップしたような楽しさに満ちた新作だ。(★★★★)*五月七日公開予定

『目撃者 闇の中の瞳』の監督チェン・ウェイハオの『The Soul:繋がれる魂』は、mRNAの細胞修復技術が脳腫瘍への治験の段階に入った近未来の物語だ。ベテラン検察官のチャン・チェンは、癌に侵され療養中だった。献身的な妻チャン・チュンニンは有能な部下でもあり、公私にわたり彼を支えている。しかし医療等の総合企業を率いるサミュエル・クーが自宅で殺される事件が起き、検察官は志願して第一線に復帰する。
 事件では亡き前妻と被害者の間の息子リン・フイミンに容疑がかかるが、逃走して行方は知れず、事件を通報した後妻のスン・アンコーは、被害者の血にまみれ現場に倒れていた。被害者と後妻を取り持ったのは故人の親友クリストファー・リーで、企業におけるmRNA手術の第一人者でもあった。病と闘い、苦難の捜査を続ける検察官だったが、やがて妻が取っていた思わぬ行動に衝撃を受ける。
 原作はSF作家江波の短編だそうだが、被害者の息子、後妻、親友をめぐるフーダニットは、やがて自殺した前妻チャン・ボージアまでもが容疑者に加わり、SFミステリの面白さを加速させていく。悪意の所在が明らかになった後も、水面下の動きが浮上する衝撃の一瞬をどうかお見逃しなく。(★★★1/2)*Netflixで配信中

 韓国最大のリゾート地である済州島(チェジュド)を舞台に、韓国ノワールの世界が炸裂するのが『楽園の夜』である。手下たちに慕われ、敵対勢力からも一目置かれる組織の構成員オム・テグだったが、陰謀で殺された姉と姪の復讐を遂げ、ボスの差配で韓国南端の島へと逃れた。ウラジオストックへ高跳びするまでの束の間、身を置く隠れ家がわりの家で気性の荒い女チョン・ヨビンと出会う。彼女の捨て鉢な態度に手を焼く主人公だったが、崖っぷちに立つ二人は知らぬ間に互いを気をかけるように。しかし、追っ手は目と鼻の先まで迫っていた。
 監督のパク・フンジョンは、『悪魔を見た』の脚本を経て、監督作として成功を収めた『新しき世界』と『VIP 修羅の獣たち』で異なる道を行く二人の男たちの姿を濃やかに描いてみせた。本作でも侠気ある主人公を描く一方で、それを追うチャ・スンウォンの凄みのあるヤクザぶりも見事で、物語の緊張感を高めている。続編が待ち遠しい『The Witch 魔女』を思い出させるシーンもあり、胸の奥をえぐる結末に至るまで、物語の行方に息を詰め見入ってしまう。(★★★★)*Netflixで配信中

※★は最高が四つ。公開予定は変更の可能性もあります。