日々是映画日和(135)――ミステリ映画時評
ミステリ映画を得意とする韓国映画が発明した一つに、ダメな警察というのがある。事件を未然に防げなかったり、犯人をみすみす取り逃すなど、失態の多い警察のことで、少し前に公開された『殺人鬼から逃げる夜』にも登場する。聴覚障害者の女性が連続殺人犯につけ狙われるが、助けを求めた警察は頼りにならず、事態は深刻なものに陥っていくのだ。
この映画の上でのお約束は現実の警察組織とは無関係で、実際にあっては困るものだが、実は犯罪を抑止する警察の介入を最小限にすることで、猫と鼠のゲームをサスペンスフルに繰り広げる重要な手段なのである。ダメな警察は、この国発のミステリ映画における、重要なマクガフィンとも言えるだろう。
匙加減こそ異なるが、好敵手でもあるベテラン刑事たちの確執を描いた『ビースト』にも、捜査機関の綻びが顔を出す。かつて相棒同士だった主人公とそのライバルだが、現在は仁川の殺人課でそれぞれの捜査班を率いている。一班の長イ・ソンミンは、猟奇的な誘拐殺人事件で容疑者を早々に逮捕するものの、二班のユ・ジェミョンはそれを冤罪と見抜いて釈放し、自らは無謀な突入作戦から部下を巻き添えに容疑者が死亡するという失態を犯してしまう。世間の非難に晒されながらも対抗心を燃やす二人だったが、それを翻弄するかのように、幕が下りた筈の事件は再び新たな展開を遂げていく。
原典はフランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004年)だそうだが、作中の凶悪事件も、主人公が陥る闇の深さも韓国流で、リメイクを超えたリメイクとなっている。とりわけ、事件のプレッシャーのみならず、情報提供者との駆け引きや、別居中の妻との関係で雁字搦めとなり、正義の深追いが堕落にも繋がっていくというジレンマに苦悩する主人公の姿がこれでもかと描かれる。裏返しの友情の物語でありながら、甘口に終わらないラストも含めて、韓国ノワールの極北に位置する作品だろう。(★★★★)*十月十五日公開
『12番目の容疑者』は、朝鮮戦争の休戦から間もない一九五三年、ソウルの片隅にある作家や画家らが屯ろする珈琲店に、いかにも場違いな陸軍特務機関の男キム・サンギョンが訪ねてくる。最初は和やかさを装うが、店の常連客だった詩人が南山で殺された事件について、店主や客達を問い質し始める。やがて彼らが良く知る女子大生も殺害されていたことが明かされると、店内には疑心暗鬼が広がり、男は穏やかだった態度を豹変させる。
一幕ものの演劇を思わせる、というよりは完全な舞台劇の仕様で、一堂に会する容疑者を前に探偵役が二つの殺人事件の真相を解き明かしていく。正統派のミステリ劇を連想させたりもするが、残念ながら推理部分は希薄で、それよりも探偵役の憲兵が、市井の人々の思想や信条を暴かんとする暴虐に焦点は合わされる。動乱の時代とその爪痕を生々しく浮き彫りにしていく社会派の作品だろう。配役の妙もあり、舞台版を観てみたいと思わせる。(★★★)*十一月五日公開
コロナ禍のためアメリカ本国では配信スルーに追い込まれたものの、日本では劇場公開となった『アンテベラム』。南北戦争のさ中と思しきルイジアナ州の綿花農場で、白人たちからアフリカ系の人々が過酷な労働を強制されている。南軍の軍服を着た男たちは日々暴力をふるい、逃亡者は焼かれるが、脱出を手助けした奴隷のエデンも将軍から焼印の懲罰を受ける。一方、奴隷解放宣言から一八〇年後の現代アメリカ。人種差別が専門の社会学者ジャネール・モネイは、公演で訪れたニューオーリンズで何者かに襲われ、誘拐されてしまう。
監督は、これが長編デビューとなる新人コンビだが、キーマンはおそらくプロデューサーで、怪作『ドニー・ダーコ』の誕生に手を貸したショーン・マッキトリック。『ゲット・アウト』や『アス』といった階級差がテーマのジョーダン・ピール作品を手がけた流れで、本作の製作に行き着いたのだろう。シャマラン監督の某作を連想させるが、二つの物語を繋ぐミスリードがなかなか巧みだ。(★★★)*十一月五日公開
『ロック、ストック&トゥー・スミーキング・バレルズ』で揃って映画界に殴り込みをかけたガイ・リッチーとジェイソン・ステイサムが、『リボルバー』以来十六年ぶりにチームを組むことも話題の『キャッシュトラック』は、二〇〇四年のフランス映画『ブルー・レクイエム』のリメイクだ。だが原典の重い空気を受け継ぎつつも、冒頭の現金輸送車襲撃場面(しかも中盤で繰り返される重要なシーン)から全開のテンポの良さは、いつも通りといっていい。
ロスの現金輸送会社にガードマンとして採用されたジェイソン・ステイサムが、新入りとして働き始めた。一見平凡に見えたが、輸送車が襲撃を受けた際の只者とは思えない対応で、周囲はその見方を改める。実は、他社で働いていた前歴も偽物だった。凄腕の男は、なぜこの会社にやってきたのか?
ガイ・リッチーの犯罪映画にしては珍しくユーモアが希薄だが、緊張感は五割増しだ。静の佇まいから激しい怒りが伝わってくる主人公はじめ、脇を固めるエディ・マーサンやホルト・マッキャラニー、ジェフリー・ドノヴァンらの面構えもいい。当時はハリウッドがリメイク権獲得と騒がれたが、時間はかかったものの最高の形で再映画化が叶った。先の『ジェントルメン』と共に、一年に二作もこの監督の新作が拝める幸せを満喫したい。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。
この映画の上でのお約束は現実の警察組織とは無関係で、実際にあっては困るものだが、実は犯罪を抑止する警察の介入を最小限にすることで、猫と鼠のゲームをサスペンスフルに繰り広げる重要な手段なのである。ダメな警察は、この国発のミステリ映画における、重要なマクガフィンとも言えるだろう。
匙加減こそ異なるが、好敵手でもあるベテラン刑事たちの確執を描いた『ビースト』にも、捜査機関の綻びが顔を出す。かつて相棒同士だった主人公とそのライバルだが、現在は仁川の殺人課でそれぞれの捜査班を率いている。一班の長イ・ソンミンは、猟奇的な誘拐殺人事件で容疑者を早々に逮捕するものの、二班のユ・ジェミョンはそれを冤罪と見抜いて釈放し、自らは無謀な突入作戦から部下を巻き添えに容疑者が死亡するという失態を犯してしまう。世間の非難に晒されながらも対抗心を燃やす二人だったが、それを翻弄するかのように、幕が下りた筈の事件は再び新たな展開を遂げていく。
原典はフランス映画『あるいは裏切りという名の犬』(2004年)だそうだが、作中の凶悪事件も、主人公が陥る闇の深さも韓国流で、リメイクを超えたリメイクとなっている。とりわけ、事件のプレッシャーのみならず、情報提供者との駆け引きや、別居中の妻との関係で雁字搦めとなり、正義の深追いが堕落にも繋がっていくというジレンマに苦悩する主人公の姿がこれでもかと描かれる。裏返しの友情の物語でありながら、甘口に終わらないラストも含めて、韓国ノワールの極北に位置する作品だろう。(★★★★)*十月十五日公開
『12番目の容疑者』は、朝鮮戦争の休戦から間もない一九五三年、ソウルの片隅にある作家や画家らが屯ろする珈琲店に、いかにも場違いな陸軍特務機関の男キム・サンギョンが訪ねてくる。最初は和やかさを装うが、店の常連客だった詩人が南山で殺された事件について、店主や客達を問い質し始める。やがて彼らが良く知る女子大生も殺害されていたことが明かされると、店内には疑心暗鬼が広がり、男は穏やかだった態度を豹変させる。
一幕ものの演劇を思わせる、というよりは完全な舞台劇の仕様で、一堂に会する容疑者を前に探偵役が二つの殺人事件の真相を解き明かしていく。正統派のミステリ劇を連想させたりもするが、残念ながら推理部分は希薄で、それよりも探偵役の憲兵が、市井の人々の思想や信条を暴かんとする暴虐に焦点は合わされる。動乱の時代とその爪痕を生々しく浮き彫りにしていく社会派の作品だろう。配役の妙もあり、舞台版を観てみたいと思わせる。(★★★)*十一月五日公開
コロナ禍のためアメリカ本国では配信スルーに追い込まれたものの、日本では劇場公開となった『アンテベラム』。南北戦争のさ中と思しきルイジアナ州の綿花農場で、白人たちからアフリカ系の人々が過酷な労働を強制されている。南軍の軍服を着た男たちは日々暴力をふるい、逃亡者は焼かれるが、脱出を手助けした奴隷のエデンも将軍から焼印の懲罰を受ける。一方、奴隷解放宣言から一八〇年後の現代アメリカ。人種差別が専門の社会学者ジャネール・モネイは、公演で訪れたニューオーリンズで何者かに襲われ、誘拐されてしまう。
監督は、これが長編デビューとなる新人コンビだが、キーマンはおそらくプロデューサーで、怪作『ドニー・ダーコ』の誕生に手を貸したショーン・マッキトリック。『ゲット・アウト』や『アス』といった階級差がテーマのジョーダン・ピール作品を手がけた流れで、本作の製作に行き着いたのだろう。シャマラン監督の某作を連想させるが、二つの物語を繋ぐミスリードがなかなか巧みだ。(★★★)*十一月五日公開
『ロック、ストック&トゥー・スミーキング・バレルズ』で揃って映画界に殴り込みをかけたガイ・リッチーとジェイソン・ステイサムが、『リボルバー』以来十六年ぶりにチームを組むことも話題の『キャッシュトラック』は、二〇〇四年のフランス映画『ブルー・レクイエム』のリメイクだ。だが原典の重い空気を受け継ぎつつも、冒頭の現金輸送車襲撃場面(しかも中盤で繰り返される重要なシーン)から全開のテンポの良さは、いつも通りといっていい。
ロスの現金輸送会社にガードマンとして採用されたジェイソン・ステイサムが、新入りとして働き始めた。一見平凡に見えたが、輸送車が襲撃を受けた際の只者とは思えない対応で、周囲はその見方を改める。実は、他社で働いていた前歴も偽物だった。凄腕の男は、なぜこの会社にやってきたのか?
ガイ・リッチーの犯罪映画にしては珍しくユーモアが希薄だが、緊張感は五割増しだ。静の佇まいから激しい怒りが伝わってくる主人公はじめ、脇を固めるエディ・マーサンやホルト・マッキャラニー、ジェフリー・ドノヴァンらの面構えもいい。当時はハリウッドがリメイク権獲得と騒がれたが、時間はかかったものの最高の形で再映画化が叶った。先の『ジェントルメン』と共に、一年に二作もこの監督の新作が拝める幸せを満喫したい。(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。