日々是映画日和

日々是映画日和(144)――ミステリ映画時評

三橋曉

 映画やドラマの配信サービスをめぐり、事業者間で熾烈な競争が起きているが、それを取捨選択するユーザー側も頭が痛い。例えば、昨年からニコ・ウォーカーの犯罪小説をトム・ホランド主演で映画化した『チェリー』(監督はアンソニーとジョーのルッソ兄弟)目当てに契約を継続していたApple TV+だが、そろそろ潮時と思っていた矢先に、四月から『窓際のスパイ』のシーズン1が始まってしまった。英国推理作家協会賞に輝いたミック・ヘロンの原作をドラマ化したもので、ゲイリー・オールドマン率いるMI6の落ちこぼれチームの活躍をオフビートに描き、後を引く面白さなのだ。こうして解約の機会を逃し、月々の出費はかさんでいくのであった。

 さて、久々に正統派のケイパーものといえそうな『ウェイ・ダウン』から。無敵艦隊を撃破したドレーク提督の財宝を探すリーアル・カニンガムは、ダイバーのサム・ライリーらと共に手がかりを海底からサルベージ。しかし国際司法裁判所に、保有権はスペインにありと裁定されてしまう。諦めきれない彼らは、その保管先であるスペイン銀行の襲撃を企てる。しかし銀行の地下は、十九世紀の工学の奇跡と言われる難攻不落の保管場所だった。チームは巷で天才と評判の大学生フレディ・ハイモアに白羽の矢が立てると、アストリッド・ベルジェ=フリスベの手引きでメンバーに引き入れることに成功する。
 まず襲撃計画の準備段階から決行までが丁寧に描かれていくのが嬉しい。当然、試行錯誤や紆余曲折があるが、その度に天才青年の機知と閃きで局面を打開していく。最大のセールスポイントは、スペインが決勝に駒を進めた二〇一〇年のサッカー・ワールドカップ南ア大会の決勝戦当日に襲撃の日をぶつけたことで、強奪作戦と決勝戦を中継するライブビューイングの熱気が混然となり、クライマックスにふさわしい盛り上がりを見せる。セックスピストルズの曲と共鳴する最後の最後まで飽かせぬ作り込まれたアイデアも見事だ。(★★★★)*6月10日公開

 原作は、本屋大賞にも選ばれた凪良ゆうの同題小説。誘拐や拉致事件の被害者が犯人に共感を抱くケースをストックホルム症候群というが、『流浪の月』で被害者とされた少女の更紗(広瀬すず)と、犯人とされた青年の文(松坂桃李)の間に築かれた関係はそれとは異なる。行き場のない少女を、心優しい青年は自宅に連れ帰り一緒に生活を始めるが、束の間の穏やかな日々は青年が誘拐犯として逮捕されたことで終わった。その十五年後、社会から隠れるようにカフェを営む文と、現在は一緒に暮らす恋人もいる更紗は、またも偶然に出会ってしまう。
 監督の李相日は、これまでも『悪人』や『怒り』などの犯罪小説を原作に、事件の裏にある善悪の曖昧な領域に迫ってきたが、本作も同様だ。文と更紗の出会いと再会の顛末をめぐる世間の決めつけや迫害を克明に描き、曖昧な情報を元に残酷な仕打ちを繰り返す人間の隠しようもない弱さを暴いていく。デリケートな真相から目を外らさぬ真摯さには、映像作品としての潔さも感じた。儚げな主人公たちも印象的だが、脇の俳優たちが人間模様を濃やかなものにしているのもいい。(★★★1/2)*5月13日公開

 フランス出身のエヴァ・ユッソン監督による、第一次世界大戦から間もないイギリスの田園風景を背景にした『帰らない日曜日』は、お屋敷の使用人たちが年に一度だけ里帰りを許されるマザリング・サンデーの一日を、ニヴン家のメイドのジェーンが回想する。その日、由緒ある三つの家族が催した身内の結婚を祝う昼食会に出かける主人夫妻(コリン・ファースとオリヴィア・コールマン)を見送ると、ジェーン(オデッサ・ヤング)はシェリンガム家にポール(ジョシュ・オコナー)を訪ねた。恋人同士のようにベッドを共にするが、ポールはそそくさと婚約者の待つ昼食会に向かってしまう。ジェーンは彼を見送るが、お屋敷に戻ると思いもよらぬ知らせが待っていた。
 原作は、グレアム・スウィフトの「マザリング・サンデー」。冒頭から、謎の人物、謎の言葉、謎のショットと、思わせぶりに始まるが、作り手側にその気がないのだろう、ミステリ映画にはなっていかない。話が飛ぶのは、九十歳になったヒロイン(ニヴン家の元メイド)が過去を回想しているからで、ランダムに思い出されていくのは特定の一日だけではない。生涯胸に秘めた秘密が彼女の人生をどう形作っていったかが、思い出の数々から静かに詳らかにされていく。政界から演技の世界に復帰したグレンダ・ジャクソンが重要な役を演じている。(★★★)*5月27日公開

 地名の響きがフランスのリゾート地を連想させる日本海に面した江陵(カンヌン)。平昌五輪でスケート競技が行われたことでリゾート開発が一気に進んだこの地で、ヤクザ者のユ・オソンは、大らかな兄貴分や気の短い弟分と利権を分け合い、地元警察ともうまく付き合ってきた。しかしよそ者で新興のチャン・ヒョクが、次々と非道な手段で成り上がってきたことで窮地に立たされる。
『狼たちの墓標』の懐深く、配下の者たちからも人望厚い主人公のヤクザ者は、『友へ チング』の延長線上の人物だろう。しかし任侠路線もやがて復讐が絡んでくると、その世界はおなじみの韓国ノワールの暗い色彩に染まっていく。警察を交えて三つ巴となる終盤は、友情と裏切りの闇鍋状態へと突入するが、ある登場人物の「ロマンは消えた」という独白が、古き良き時代への鎮魂曲のように染み入ってくる。(★★★)*5月27日公開

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