第六回 二〇二二年ミステリ演劇の補足
ミステリ演劇はとにかく数が多いので、観劇した作品をすべて取り上げるのは枚数的に難しい。そこで、今月は補足として、二〇二二年のこれまで触れていなかった作品について紹介していこう。
J・B・プリーストリー原作、俳優座劇場プロデュースNo.114 『夜の来訪者』(二〇二二年三月六日~十二日/俳優座劇場)は、俳優座では十六年ぶりの上演となる。イギリスや香港では映画化やテレビドラマ化もされてきた人気作が、西川信廣による演出で「完全な新作」として生まれ変わった。時代背景は昭和十五年の日本だ。ある大富豪の自宅で、娘の婚約者を交えて食事会をおこなった夜、見知らぬ男が屋敷を訪れた。男は警察だと名乗り、一枚の写真を見せ、ここに写っている女性が自殺したと語り、家族たちに尋問を重ねてくる。女性と家族たちの関係性が明らかになるにつれて意外な事実が浮かび上がる作品で、男が誰に写真を見せていたのかが伏線になっている。当時の格差社会が現代とさほど変わらないといった社会問題も深く描いた作品である。中庭に立つ夜桜も作品に色を添えていた。
倉科カナ主演の舞台『お勢、断行』(二〇二二年五月十一日~二十四日/世田谷パブリックシアター)は、二〇一七年上演の『お勢登場』に引き続き、倉持裕が作と演出を手掛ける。時代は大正末期、女流作家のお勢は、ある資産家の屋敷の離れで生活していた。資産家の後妻と、資産家に恨みを抱く代議士は全財産を狙って結託し、主を精神病院に送り込もうとするが、殺人事件が起きてしまう。一癖も二癖もある人物たちばかりが登場するので一見静かに見えるお勢であるが、江戸川乱歩の生み出した悪女をモチーフにしているだけあり、最後に思いがけないとどめを刺してくれる。当時放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の暗殺者役の梶原善も登場しているが、お勢の前では小物に見えてしまう。ポップな音楽と派手な色遣いの衣装が、乱歩ノワールの世界と見事に融合している。
第五回鶴屋南北戯曲賞を受賞したケラリーノ・サンドロヴィッチ作『室温~夜の音楽~』(二〇二二年六月二十五日~七月十日/世田谷パブリックシアター、七月二十二日~二十四日/兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール)は、河原雅彦による新演出版だ。山奥の村に住むホラー作家の娘の十三回忌となる命日に、関係者たちが次々と焼香に訪れてくる。娘は双子の一人で、十二年前、廃校になった小学校で殺害されていた。生きている片方は、現在父親である作家と二人暮らしだ。霊魂と共存しているかのような村では、小学生が行方不明になる事件が起きていた。さらに、娘は父親の飲み物にヒ素を入れていることが判明する。物語は次第に、死者と生者、虚構と現実の境目が曖昧になり、ファンキーな生演奏と歌が、壊れた世界観を深く伝える演出効果ともなっている。
これらは社会派ミステリ、ノワール、幻想ホラーと分野が異なるので一つには括りにくいが、人間関係を浮かび上がらせる趣向の作品としていずれも良作であった。