ミステリ演劇鑑賞録

第十四回 同じ作品……のはず。

千澤のり子

 もっとも多くミステリ小説が舞台化された小説家は、やはり江戸川乱歩だろう。デビュー一〇〇周年となる今年度は、洋館ミステリ劇場「顔のない死体」、深作健太構成・演出の朗読劇「孤島の鬼」、出身地である名張市で開催された「芋虫」、シアワセナ劇団による朗読劇「江戸川乱歩「初期」傑作短編集 ~二銭銅貨 白昼夢 指 一人二役 心理試験~」など、数々の作品が上演された。とりわけ印象に残ったのは、『黒蜥蜴』だ。
 演出家の野坂実が代表をつとめるノジマラボの朗読劇『黒蜥蜴』(二〇二三年一月一八日~二二日/Theater Mixa)は、有閑マダムに扮した悪女「黒蜥蜴」と名探偵・明智小五郎の心理戦に焦点を置いたラブサスペンス作品であった。ミステリ好き同士の雑談から友情が芽生え、報われない恋に発展していく過程に焦点を置き、犯罪者と探偵の悲恋ものとして涙を誘う場面もあった。だが、赤の他人を犠牲にした脚本は穴吹一朗、構成・演出は野坂実が担当し、明智小五郎と雨宮純一、黒蜥蜴と令嬢の早苗役を、各俳優たちが日替わりで交互に演じていた。悪役と探偵役の二役を楽しめる演出となっている。シリアスな空気を好きな人にお勧めだ。
 劇団東京ミルクホールの『黒蜥蜴』(二〇二三年九月二〇日~二四日/上野ストアハウス)は、「恐怖と戦慄の豪華巨編!」とうたわれるほどの異色作である。かなり強引な本格ミステリのトリックを用いたり、冒頭の場面が想定外な真実を導き出したりしていた。物語の筋どおりのように見せかけて、まったく別の方向からカウンターパンチをくらわせてくる。明智といえばダンディーな印象だが、石渡真修演じる明智は口が悪く、腹黒である。だが、なぜか憎めなく、終盤ではかなりの切れ者風で、大胆華麗なダンスも見せてきた。他の登場人物にも、脇役にいたるまで背景が描かれ、肝心の黒蜥蜴がもっとも影が薄くなっていた。演出の鬼才・佐野バビ市の実力が光るコメディ・アクションだ。
 同じ物語でも、役者や演出、脚本の違いで、いくらでもアレンジできるという、違いのよく分かる二作だった。