ミステリ演劇鑑賞録

第十回 事件はリビングルームで起きている。

千澤のり子

 舞台は限られた場所でおこなわれるため、建物内だけで物語が繰り広げられる作品が多い。特によく登場するのがリビングルームだ。二階建てにしたり、仕切りを入れたりすることで他の部屋の様子を表すこともできるが、一室のみになると、ノンストップの一場面だけで物語を展開させないとならないため、演出や役者の腕が試される。豪華な調度品だけでなく、扉や窓の効果的な使い方も見どころの一つだ。
 アガサ・クリスティ原作では、~Alternative Project~THE座の第2回公演『そして誰もいなくなった』(二〇一八年九月一四日~一七日/高円寺アトリエファンファーレ)は、リビングルームのみで世界観を表していた。照明を落とすことで夜の区別をつけていたが、間接照明が灯されると死者たちが立っているという演出が不気味さを醸していた。戯曲版の結末が原作と異なるのは、演出のしやすさも関係するのかもしれない。同じくクリスティ原作では、J@NOME DROPS Produce vol.1公演『蜘蛛の巣』&『雪中の狩人(原作:ねずみとり)』(二〇二一年三月一七日~二二日/Air studio)は第二次世界大戦後の日本に舞台を移し、洋風の小さな宿に仕立て上げていた。若干内装を変えていたが、二つの作品は同じ宿の出来事という設定で、どこに隠し部屋があるのか観客は知っているといった、舞台ならではの楽しみ方もある。実は横溝正史が居て、金田一耕助のモデルが宿泊客の一人だったというオリジナルのアレンジも加わっていた。ほかに『ホロー荘の殺人』(二〇二三年五月三日~八日/三越劇場)もリビングルームのみで事件発生から真相まで描かれる。エルキュール・ポアロは登場しないため、謎解きよりも愛憎に重点を置いていた。
 舞台上で用いられるリビングルームは玄関とつながっているものも多いため、大勢の人が行き交う。佐野瑞樹作『まわれ!無敵のマーダーケース』(二〇二一年五月二六日~三〇日/博品館劇場)は、二〇二三年三月二九日から四月二日までテアトルBONBONにて再演された。これまで書いたことがないミステリー小説の依頼を引き受けてしまった作家が、人里離れたペンションに招待客を呼んで、嘘の殺人事件をでっち上げようとする。殺人事件に巻き込まれた人たちの反応を見るという趣旨だったのに、本物の殺人鬼が紛れ込むという内容だ。窓から見た外の様子をセリフで表すなどの趣向を凝らし、思いもよらない伏線を紛れ込ませている。
 朗読劇『二階堂優の事件簿~プロクルステスの寝台~』(二〇二三年四月二六日~二九日/萬劇場)は、山奥にある館を借り切って泊まり込みで謎解きをするミステリーイベントにテスト参加したプレイヤーたちが、本物の殺人事件に巻き込まれていく。プロローグとエピローグの場所は異なるが、朗読のみで表すリビングルームで、ゲームが本物になっていく臨場感が見事に演じられていた。第一六回ミステリーズ!新人賞を受賞した床品美帆が監修を務めている。
『ほんとうのハウンド警部』(二〇二一年三月五日~三一日/Bunkamuraシアターコクーン)の劇中劇でもリビングルームが重要な舞台となっているが、別の機会に触れたいと思う。