日々是映画日和(158)――ミステリ映画時評
幸せな家族と不幸な家族について語った「アンナ・カレーニナ」の書き出しはあまりに有名だが、不幸な家族は映画の世界でもおなじみのテーマだろう。10月27日公開予定の『愛にイナズマ』で、映画監督の花子(松岡茉優)が、憑かれたように父や兄たちにカメラを向け続けるのも、自分たち家族を不幸にしているものの正体を見極めたいからだ。やがて解かれる秘密の封印が、散り散りになっていた家族(父・佐藤浩一、長男・池松壮亮、次男・若葉竜也)の心に大きな変化をもたらす。家族にとって第三者である筈の恋人・窪田正孝が欠けていたミッシング・リンクのように、花子一家の関係を修復する触媒となっていくのが面白い。家族映画の傑作がまた一つ誕生したのではないかと思う。
世界を危機に陥れる正体不明のアイテムをめぐる争奪戦というアクション映画の一つの定石を、ガイ・リッチーだったらこう撮るというのが『オペレーション・フォーチュン』だ。
ウクライナの軍事研究施設から謎のプログラム〝ハンドル〟が盗まれ、回収せよとの命令がMI6長官から下った。凄腕の工作員オーソン・フォーチュン(ジェイソン・ステイサム)はしぶしぶ休暇を返上、若手(バグジー・マローン)や新顔(オーブリー・プラザ)と合流し、いけすかない上司の指揮のもと、作戦を開始する。
黒幕の人物グレッグと接触するため、彼が入れ込む映画スターのダニー(ジョシュ・ハートネット)を強引にチームに引き入れると、即席スパイ・チームは果敢に敵の懐へ。なぜか行く先々で同僚たちの別チームと鉢合わせする中、カンヌからトルコへと舞台を移しながら、グレッグが仲介する〝ハンドル〟の取引を阻止しようと、売り手と買い手の特定に奔走する。ついに取引の情報を得たフォーチュンたちは、現場を押さえようと危険な賭けに出るが。
切れのいいアクション・シーンを小気味よく連ねていくリッチー節は今回も全開。「M:I」や「キングスマン」と同様に、謎のアイテムをマクガフィンとしているが、ミッションに関わるメンバーの個性とチームワークに焦点を合わせている所が、この監督ならではだろう。
シリアスを演じてもおかしみがにじむ長官エディ・マーサンや、憎まれ上司のゲイリー・エルウィズ、さりげなく有能さをアピールする二人の部下など、MI6側の顔ぶれも濃やかだが、死の商人役なのに、どこか憎めないヒュー・グラントも、もう一人の主役といっていいだろう。尺が二時間を切るスピーディーな展開も嬉しい。(★★★★)*10月13日公開
銭湯が舞台と聞くと、『湯を沸かすほどの熱い愛』や『メランコリック』など、味なミステリ映画が次々思い浮かぶが、そこに新たに仲間入りをしそうなのが今泉力哉監督の『アンダーカレント』である。豊田徹也の同題コミックが原作だ。
夫の悟(永山瑛太)の失踪でしばらく閉めていた家業の銭湯を再開したかなえ(真木よう子)は、組合の紹介で訪ねてきた堀という謎の男(井浦新)を住み込みで雇い入れた。黙々と働く使用人との穏やかな共同生活が始まるが、消えた夫のことが頭を離れない彼女は、友人(江口のりこ)から紹介された探偵に調査を依頼する。
そんなある日、少女の連れ去り事件が発生し、警察が出動する騒ぎになる。消えたのは銭湯にもよくやってくる小学生だったが、理由のわからない不安感に襲われたかなえは激しく動揺し、堀を心配させる。
浴槽の縁に腰掛けたヒロインが、スローモーションで浴槽に沈み込んでいくシーンが繰り返されるのは、彼女に封印された過去があり、無意識にそれを思い出そうとする衝動があることを暗示しているのだろう。なので、中盤からの謎ときに違和感はない。
だが「なぜ男は現れ、なぜ夫は消えたのか」というコピーは、ミステリ映画的には逆効果で、奇矯で胡散臭さもあるリリー・フランキー演じる私立探偵がいい味を出しているにもかかわらず、彼が探り当てる真相には、それゆえの物足りなさが残ってしまう。(★★★)*10月6日公開
シャブロル作品はじめとして、イザベル・ユペールは、ミステリ映画ファンの間でミューズとして崇められている。フランスの原子力産業界が再編される中、不幸にもその渦中で時の人となってしまったアレバ社の労組代表を演じる『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』も、そんなユペールらしい主演作だろう。
従業員の権利を守るため、労組のトップとして身を粉にして働いてきたモーリーンだったが、ハイリスクな中国企業との技術提携問題をめぐり、新社長と対立。そんな矢先に、自宅に押し入った何者かにレイプされるという事件に見舞われる。
しかし捜査は難航し、証拠がまったく残されていたかったことから、警察の見立ては彼女の自作自演説へと傾いていく。味方の筈である近親者らの理解も混沌としていく中、執拗な取り調べに彼女は屈してしまうが。
被害者が容疑者に転じ、周囲が藪の中状態に陥っていく展開のなんとも微妙な空気を見事に捉え、ミステリ的興味をも盛り込んだ、丁寧かつ巧妙な脚本と演出だと思う。監督は、『ルパン』や『俳優探偵ジャン』を撮ったジャン=ポール・サロメというのも、なるほど頷ける。
レイプ事件収束の後、中国との提携問題のその後が詳らかになるが、最後の最後で自国の原子力施策に疑問を投げかける鋭い社会性もある。舞台となるフランスのアレフ社といえば、福島の事故を思い出さざるをえないが、本作後の恐るべき現実は、再生可能エネルギーや脱炭素社会とは名ばかりで依然原発に頼るだけの国に暮らす身にとっても、他人事とは思えない。(★★★1/2)*10月20日公開
※★は最高が四つ
世界を危機に陥れる正体不明のアイテムをめぐる争奪戦というアクション映画の一つの定石を、ガイ・リッチーだったらこう撮るというのが『オペレーション・フォーチュン』だ。
ウクライナの軍事研究施設から謎のプログラム〝ハンドル〟が盗まれ、回収せよとの命令がMI6長官から下った。凄腕の工作員オーソン・フォーチュン(ジェイソン・ステイサム)はしぶしぶ休暇を返上、若手(バグジー・マローン)や新顔(オーブリー・プラザ)と合流し、いけすかない上司の指揮のもと、作戦を開始する。
黒幕の人物グレッグと接触するため、彼が入れ込む映画スターのダニー(ジョシュ・ハートネット)を強引にチームに引き入れると、即席スパイ・チームは果敢に敵の懐へ。なぜか行く先々で同僚たちの別チームと鉢合わせする中、カンヌからトルコへと舞台を移しながら、グレッグが仲介する〝ハンドル〟の取引を阻止しようと、売り手と買い手の特定に奔走する。ついに取引の情報を得たフォーチュンたちは、現場を押さえようと危険な賭けに出るが。
切れのいいアクション・シーンを小気味よく連ねていくリッチー節は今回も全開。「M:I」や「キングスマン」と同様に、謎のアイテムをマクガフィンとしているが、ミッションに関わるメンバーの個性とチームワークに焦点を合わせている所が、この監督ならではだろう。
シリアスを演じてもおかしみがにじむ長官エディ・マーサンや、憎まれ上司のゲイリー・エルウィズ、さりげなく有能さをアピールする二人の部下など、MI6側の顔ぶれも濃やかだが、死の商人役なのに、どこか憎めないヒュー・グラントも、もう一人の主役といっていいだろう。尺が二時間を切るスピーディーな展開も嬉しい。(★★★★)*10月13日公開
銭湯が舞台と聞くと、『湯を沸かすほどの熱い愛』や『メランコリック』など、味なミステリ映画が次々思い浮かぶが、そこに新たに仲間入りをしそうなのが今泉力哉監督の『アンダーカレント』である。豊田徹也の同題コミックが原作だ。
夫の悟(永山瑛太)の失踪でしばらく閉めていた家業の銭湯を再開したかなえ(真木よう子)は、組合の紹介で訪ねてきた堀という謎の男(井浦新)を住み込みで雇い入れた。黙々と働く使用人との穏やかな共同生活が始まるが、消えた夫のことが頭を離れない彼女は、友人(江口のりこ)から紹介された探偵に調査を依頼する。
そんなある日、少女の連れ去り事件が発生し、警察が出動する騒ぎになる。消えたのは銭湯にもよくやってくる小学生だったが、理由のわからない不安感に襲われたかなえは激しく動揺し、堀を心配させる。
浴槽の縁に腰掛けたヒロインが、スローモーションで浴槽に沈み込んでいくシーンが繰り返されるのは、彼女に封印された過去があり、無意識にそれを思い出そうとする衝動があることを暗示しているのだろう。なので、中盤からの謎ときに違和感はない。
だが「なぜ男は現れ、なぜ夫は消えたのか」というコピーは、ミステリ映画的には逆効果で、奇矯で胡散臭さもあるリリー・フランキー演じる私立探偵がいい味を出しているにもかかわらず、彼が探り当てる真相には、それゆえの物足りなさが残ってしまう。(★★★)*10月6日公開
シャブロル作品はじめとして、イザベル・ユペールは、ミステリ映画ファンの間でミューズとして崇められている。フランスの原子力産業界が再編される中、不幸にもその渦中で時の人となってしまったアレバ社の労組代表を演じる『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』も、そんなユペールらしい主演作だろう。
従業員の権利を守るため、労組のトップとして身を粉にして働いてきたモーリーンだったが、ハイリスクな中国企業との技術提携問題をめぐり、新社長と対立。そんな矢先に、自宅に押し入った何者かにレイプされるという事件に見舞われる。
しかし捜査は難航し、証拠がまったく残されていたかったことから、警察の見立ては彼女の自作自演説へと傾いていく。味方の筈である近親者らの理解も混沌としていく中、執拗な取り調べに彼女は屈してしまうが。
被害者が容疑者に転じ、周囲が藪の中状態に陥っていく展開のなんとも微妙な空気を見事に捉え、ミステリ的興味をも盛り込んだ、丁寧かつ巧妙な脚本と演出だと思う。監督は、『ルパン』や『俳優探偵ジャン』を撮ったジャン=ポール・サロメというのも、なるほど頷ける。
レイプ事件収束の後、中国との提携問題のその後が詳らかになるが、最後の最後で自国の原子力施策に疑問を投げかける鋭い社会性もある。舞台となるフランスのアレフ社といえば、福島の事故を思い出さざるをえないが、本作後の恐るべき現実は、再生可能エネルギーや脱炭素社会とは名ばかりで依然原発に頼るだけの国に暮らす身にとっても、他人事とは思えない。(★★★1/2)*10月20日公開
※★は最高が四つ