日々是映画日和

日々是映画日和(161)――ミステリ映画時評

三橋曉

 この春、故・山田太一の小説にインスパイアされたという『異人たち』という映画が公開される。ご存じのように、その小説は既に大林宣彦監督により同題『異人たちとの夏』(1988年)として映画化されて有名だが、今回手がけたのはイギリスのアンドリュー・ヘイで、双方は同じ出自とは思えぬほど、外見がかけ離れている。時代や場所、主人公らの関係性ばかりか、ゴーストストリーとしても正反対の方向を向いているのだ。しかし観終えた余韻が不思議と重なり合うのは、原作に可視化されない普遍の力があるからだろう。初刊から三十五年以上経った今も、原作がインプリント(新潮文庫)だというのもその証に違いない。ミステリ映画でもあるので、その視点から眺めても楽しめると思う。

 昨年のカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールに輝き、来る米アカデミー賞にも複数の部門でノミネートされているジュスティーヌ・トリエ監督のフランス映画『落下の解剖学』は、雪に囲まれた山荘で起きた転落死をめぐる法廷劇だ。
 息子を連れ、人里離れて暮らす三人家族を、突然の悲劇が襲った。愛犬との散歩から戻った十一歳の少年が発見したのは、雪の積もる地面に横たわる父親の死体だった。三階の窓からの転落死は不審死とされ、やがて裁判が始まる。被告席に立たされたのは妻で、仲睦まじいと噂された夫婦の評判は覆され、彼女に疑いの目が向けられていく。旧知の仲である弁護士が奔走するが、検察側は次々疑問を投げかけ、法廷内には波紋が広がるのだった。
 作家同士の夫婦(ザンドラ・ヒュラーとサミュエル・タイス)の間に横たわる創作をめぐっての軋轢が、知らぬ間に夫婦の関係を蝕み、子どもが視覚に障害を負った過去の出来事が、両人の間に垣根を築いた。そんな彼らの来し方が審理過程の中で浮き彫りにされていくが、回想シーンが極力排されているにもかかわらず、緊張感は最後まで持続する。
 真相究明に向けて格好の触媒の役割を果たすのは、元恋人と思しき弁護士(スワン・アルロー)で、ヒロインとの信頼関係の中に時折のぞく相克の感情の揺れ加減が、スクリーン越しにも伝わってくる。謎解きにケレン味こそ薄いが、家族というありふれた関係の裏にある複雑さを解剖してみせるような、まさにタイトル通りの力作といえる。(★★★1/2)※2月23日公開

 惹句の〝全感覚麻痺〟が観客の好奇心を誤った方向に向けそうだが、『梟 フクロウ』は、隣国の中国が明から清へと移り変わっていく十七世紀の朝鮮の史実にヒントを得た歴史ミステリである。
 病弱な幼弟を養うため、盲目の天才鍼師として宮廷入りした主人公のギョンスは、ある晩のこと、世継ぎの王子が殺される場面に居合わせてしまう。実は彼は、暗闇の中でだけ微かに目が見える特異な視力の持ち主だった。かくして、犯行の隠蔽に必死な犯人との間で命がけの攻防戦が始まり、ギョンスは王朝内部の権謀術数の底なし沼へと引き込まれていく。
 人気者のユ・ヘジンがユーモラスな演技を封印して王の役を演じているのが話題だと思うが、個人的には鍼師役のリュ・ジョンヨルが気になった。『毒戦』の続編出演を断ったのは、本作のためだったのかと思うとため息が出るが、それはともかく、韓国お得意の王朝時代劇の流れをくみ、自国で大ヒットしたのも成程と思わせる。ただし、謎解きの要素が主人公の視力の問題だけではやや意外性に乏しい。ミステリ映画として物足りないままに終わっていることに不満を覚える。※2月9日公開(★★1/2)

 伏線回収をテーマにしてみせたヒャッハー・シリーズの二作がミステリ映画ファンを虜にした(?)かどうかは判らぬが、フランスの映画化にフィリップ・ラショーありという変な才能を記憶したコメディ・ファンは多かろう。新着の『アリバイ・ドット・コム2 ウェディング・ミッション』は、アリバイのでっちあげをビジネスにする主人公グレッグが、恋人の父親の不倫隠しにひと役買ってしまった前作の続編だ。
 その後会社を解散し、恋人へのプロポーズに成功した主人公は、いよいよ結婚の段に漕ぎ着ける。しかし難関は両家親族の顔合わせだった。詐欺師の父とセクシー女優の母が巻き起こすトラブルを予感した彼は、かつての同僚たちを呼び戻し、大胆なフェイクを交えた偽結婚式のプランをでっちあげるが。
 監督・主役・脚本(共同)と、作品の核となってマルチな活躍を見せるラショーだが、今回も共演者であるデビュー以来の盟友たちとチームワーク抜群の四人五脚を披露する。大胆な設定を、小技の連続で繋いでいく構成の妙は今回も全開で、あっと言わせる仕掛けも随所にある。ナタリー・バイやジェラール・ジュニョら仏映画界の大物を手のひらで転がしてみせる痛快さも楽しめる。※1月19日公開(★★★1/2)

『もっと遠くへ行こう。』は、『もう終わりにしよう。』に続くイアン・リード原作の映画化だ。世評は高いとは言えないが、ミステリ映画ファンは見逃せない作品だろう。
 暗澹たる近未来。農園の傍で暮らす若い夫婦(ポール・メスカルとシアーシャ・ローナン)を、訪ねてきた政府機関の者を名乗る謎の男(アーロン・ピエール)が、惑星移住のメンバーに夫が選ばれたと告げる。その日から夫婦の間には奇妙な空気が流れ、やがて摩擦は危機的な状況を迎える。
 原作に比較的忠実で、終盤に差し掛かろうかというあたりで、思わず唸らされる展開が待ち受ける。退屈と言われかねない前半からの鮮やかな転換が痛快だ。そこで作中の空気が一変するが、ラストにも明快さがあれば、もっと良かった。 (★★★1/2)※Amazonプライムにて1月5日配信開始

※★は四つが最高