日々是映画日和

日々是映画日和(165)――ミステリ映画時評

三橋曉

 前にも書いたと思うが、一期一会は映画にもあてはまり、いくら焦がれても再会を果たせない作品がある。個人的に『おかしなおかしな大冒険』(1973年)もそんな一つだったが、なんと半世紀ぶりの鑑賞が叶いそうだ。パート4にしてフィナーレを迎える特集上映の〈ジャン=ポール・ベルモンド傑作選〉のラインナップに、このタイトルが加わったのである。(他に「レ・ミゼラブル」と「ライオンと呼ばれた男」)アメリカでメル・ブルックスがブレイクするのと前後して、こういうハチャメチャな作品がフランスで作られていたのかと思うと実に愉快。監督のフィリップ・ド・ブロカは、シャブロルの『二重の鍵』などで助監督を務めた人で、ベルモンドが二役を演じ、虚構と現実が入り乱れる本作の展開は、屈折したミステリ映画といえなくもない。ちなみに共演は当時人気絶頂だったジャクリーヌ・ビセット。これを機に国内でのソフト化もお願いします。

 海女が主役と聞くと、ロートルの皆さん(つまり私だ)は前田通子や三原葉子の新東宝映画をつい思い浮かべてしまうだろう。しかし、リュ・スンワン監督の『密輸 1970』は、昨年韓国本国で公開されたばかり。ただし、タイトルにある年代からも判るように、時代設定はかなりレトロだ。
 半端者の弟(パク・ジョンミン)とクンチョンの漁港に暮らし、素潜りのプロである海女たちを仕切るジンスク(ヨム・ジョンア)は、工場廃水で海を汚され、やむなく密輸の仕事に手を染めた。しかし所長のジャンチュン(キム・ジョンス)が率いる税関事務所の摘発で刑務所暮らしを余儀なくされ、一人で逃げたチュンジャ(キム・ヘス)を裏切者と恨んでいた。二年後、ベトナム戦争の英雄クォン軍曹(チョ・インソン)と組んだチュンジャは、出所したジンスクに何食わぬ顔で儲け話を持ちかけてくるが。
 時代の空気とも相性のいい登場人物たちの衣装の明るい色合いと美しい青い海の対比が目に鮮やかだ。ポップでカラフルなのは作風も同様で、たくましく生きる海女たちと成り上がりのチンピラ、そして狡猾な官吏の三つ巴に、ソウルから来た密輸王が割り込むように絡んで、金塊の争奪戦が賑やかに繰り広げられる。
『ビッグ・スウィンドル!』と『タチャ イカサマ師』というチェ・ドンフン作品のかつてのヒロインたちが顔を合わせる女の友情物語だが、韓国映画らしい過激な格闘シーンもあり、飽かせない。サメのゲスト出演(?)まである、とにかく面白い娯楽作だ。(★★★1/2)※7月12日公開

 福本伸行(作画・かわぐちかいじ)の同題コミックを山下敦弘監督が映画化した『告白 コンフェッション』は、吹雪で山荘に閉じ込められた二人の山男たちが、緊迫の一夜を過ごす密室劇である。
 猛吹雪の中で足に怪我を負い、遭難の危機にさらされたジヨン(ヤン・イクチュン)は、もはやこれまでと思い、相棒の浅井(生田斗真)に過去の罪を告白した。ジヨンは学生時代、浅井の恋人(奈緒)に横恋慕し、彼女を手にかけたという。しかしその直後、避難場所となる山小屋が見つかり、二人は睨む合うようにして一夜を過ごすことになる。口数が少なくなったジヨンを前に、浅井の中では疑心暗鬼がふくらんでいくが。
 登場人物の片方を韓国人としたことに加え、結末にも少し改変が加えられているようだ。男二人の息を呑む睨み合いが見どころだが、中盤でホラー映画のテイストになるあたりは、観る者によって好みが分かれるだろう。個人的には、心理戦に徹してほしかった。脚本が難航したとの話だが、それが短めのランニングタイム(74分)にも表れているとしたら、残念だ。(★★1/2)*5月31日公開

 ヒューマン・ドラマにカテゴライズされているが、ポーランド映画の『カラー・オブ・エビル:レッド』は堂々たるミステリ映画だ。
 海岸で見つかった若い女性の死体は、なぜか無惨にも唇が切り取られていた。その手口から、刑期を終えたばかりの前科者に容疑がかかるが、犯人ではなかった。被害者のモニカには判事の母(マヤ・オスタシェフスカ)と弁護士の父がいたが、二人の関係は破綻し、母はモニカの男友達の父親と交際していた。被害者は怪しいクラブのバーテンに騙され、オーナーであるギャングのボスから慰みものの扱いを受けていたことを突きとめた検察官のビルスキ(ヤクブ・ギェルシャウ)は、ボスの逮捕に踏み切るが。
 原作があるようだが、詳しくは不明。トリロジーの第一作だと思われる。サイコロジカル・スリラーのような幕開けだが、真相は被害者にまつわる人間模様から解き明かされていく。主人公の検察官は、上層部からの圧力に屈せず、捜査に奔走するものの、事件への道筋が捜査ではなく、次々挿入される過去シーンで説明される点が物足りない。ただ、真犯人が早い時点から顔を出しているあたりはポイントが高い。(★★★)※Netflixにて5月29日より配信

 妻スジンの懐妊で間もなく家族が増える夫婦の間に異変が。俳優業に精を出す夫のヒョンスが突如夢遊病の症状に襲われ、夜毎に家の中の徘徊を始めたのだ。集合住宅の下のフロアーからは騒音の苦情が届き、専門医に処方された薬も効かない。エスカレートしていく夫の異常行動はやがて霊の憑依が疑われ、妻は心を病んでしまう。
 監督・脚本は、ポン・ジュノの元で修行を積んだユ・ジェソンで、故イ・ソンギュンとチョン・ユミが若い夫婦を演じるという『スリープ』だが、スタッフとキャストの名を聞いただけで膨らむ期待は、まったく裏切られない。映画の「羅生門」や小説の「女か虎か」をつい連想してしまうラストだが、その先を想像させてくれる愉しみもある。(★★★1/2)*6月28日公開

※★は四つが最高点