健さんのミステリアス・イベント体験記 第30回
瀬戸内海に浮かぶ直島に謎の007記念館。
手作りミュージアムの情熱を体験してきた
007赤い刺青の男記念館
(香川県・直島)
ミステリ研究家 松坂健
今月はちょっと瀬戸内海へ小旅行。いつもと違うミステリアス体験記で御機嫌伺いだ。
岡山県のJR児島駅からフェリーで20分、そこに浮かぶ島が直島。すでに香川県の領域に含まれてしまうが、ここが有名なのは、かの学力テスト、学習塾の最大手、ベネッセ(福武書店)グループ、今や世界的な語学学校ベルリッツのオーナー企業でもある、が展開する安藤忠雄氏設計の美術館(現代アート美術館ベネッセハウス)があるからだ。
この直島を訪れる観光客の95%は、光と影が調和するその美術館に向かうのだが、我々の行くところは別。フェリーの港から、歩いてたった5分のところにある特別な"聖地"なのである。
そこにあるのが通称007記念館(正確には「007赤い刺青の男記念館」)だ。あの007、ジェームズ・ボンドの活躍を顕彰する記念館が、瀬戸内海の小島にあるというのが、何とも不思議ではないだろうか。007ファンであるなら一度は足を踏み入れないといけない場所なのだ。
記念館のオープンは、2005年7月24日。
実はその前年2004年の夏頃から、007新作映画のロケ先として立候補、熱烈な誘致運動が民間ベースで起きていた。
そのとき構想されたのが、レイモンド・ベンスン作の『007/赤い刺青の男』の映画化だ。ベンスンはフレミング財団から正式にボンドものの続編を書くことを許された作家。それまでは、ジョン・ガードナー(ドジスパイ、ボイジー・オークスものの作者)が書いていたものを引き継いだ形だ。そのベンスンがフレミング本人作の『007は二度死ぬ』へのある種のオマージュとして書いたのが、この『赤い刺青』なのである。2002年の出版。
本はハヤカワミステリの1冊として刊行されているが、簡単に粗筋を記すと、日本で開かれるG8サミットの場所が直島のホテルという設定だ(ホテルの客室デザインはラルフ・ローレン)。英国首相警護の役も兼ねつつ、連続して起きている細菌テロ事件の解明の任務がボンドに託される。記憶喪失に陥ったこともある日本はボンドにとって、あまりいい思い出ではないが、日本スパイ組織の親玉、タイガー田中と再会する楽しみもあった。そして、テロ組織を追って、ボンドは北海道・登別温泉から瀬戸内海・直島へと向かい、最後は刺客、"カッパ"と死闘を演じることになる。
とまあ、こんなストーリーだが、新しい役者を得て、007映画第22作が作られることを知った香川県の映画愛好家たちが、「秘密情報部」を設置し、県を巻き込んで映画化&ロケ地誘致の活動を開始したのが2004年の6月。当初、5万人の署名活動を目指したが、結果としては岡山県、香川県で8万人をこえる署名が集まったという。
2008年に行われる日本でのサミット会場の誘致にも本気だったのである。この年はフレミング生誕100周年でもあるので、面白い結果がと期待されたが、残念、サミット会場は北海道・洞爺湖に決まってしまった。
そんな経緯だったが、両県の007愛好家の気持ちが収まらず、民間ベースで007をテーマにした博物館を手作りしてしまったのだから、この秘密情報部、なかなかやるのである。
フェリー港からほど近い民家の一角を開放してもらい、ベンスンの『赤い刺青の男』をテーマにした博物館に仕上げている。
壁には、ベンスン作品のストーリーボードが掲げられている。圧巻は、物語に出てくる心臓の形をしたオブジェ、"傷心"の再現。なかなか迫力のあるオブジェで、これは同館のホームページなどでご覧いただきたい。
ストーリーボードの絵柄や、オブジェの製作は大阪芸術大学舞台美術部の学生さんたちが担当。記念写真が撮れるボンドとカッパの死闘シーンの顔出しパネルなどもあり。
他には007シリーズの原書、映画ポスター、パンフレット、モデルガン、007のコミック版が載った雑誌"ボーイズライフ"(さいとう・たかお作だが、版権問題でフレミングの遺族の怒りを買ったもの)などが展示されている。
とにかく、すべて手作りだから、豪華さはないし、ちょっと見には、焼そば350円などと書かれたスナックが併設されているので、情けない感じをもたれるかもしれないが、いやあ、中身は007に対する愛情に溢れていてなかなかのものなのだ。
ちなみに、07年と08年には「007ボンドガールはウチヤ」の美人コンテスト、09年には「007マッスルコンテスト」などのイベントが行われていたが、最近、途絶えているのが残念。こうなったら、お迎えの岡山県と組んで「007対金田一耕助」なんてイベントはどうだろう?
直島。ここから眺める瀬戸内海の美しさにも価値がある。ぜひとも、一風変わった聖地巡礼先として推奨しておきたい。
それにしても、007、日本に来ないねえ。たしか、ボンドにはキッシー鈴木との間に生まれたタロー・ボンドがいるはず。その日英混血のタローを主人公にした物語など、フレミング財団に掛け合ってはいかがだろう?