松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第42回
日本SFの青春時代が鮮やかによみがえる
世田谷文学館「日本SF展」
2014年7月19日~9月28日

ミステリ研究家 松坂健

 日本のSF史は明治・大正・昭和戦前の「前史」は別とすると、1957年の同人誌「宇宙塵」の創刊あたりを起点とするのが妥当のようだ。この年に早川書房の後にハヤカワSFシリーズになるハヤカワファンタジーシリーズの刊行も開始されている。
 この当時、SFに興味をもつ人たちが作家、ファンの垣根なく集ったのが宇宙塵といわれるが、SFが文壇マスコミに認められたわけではなく、当時、結成されたばかりの日本SF作家クラブが一泊の温泉旅行を挙行したら、受け入れ旅館さんの歓迎看板の表記が「日本SFサッカークラブ」となっていて、小松左京さんが選手の方ですか、と聞かれたという有名なエピソードがあるくらいマイナーなジャンルだったのである。
 そんなSFがショートショートの星新一さん、小松さんたちの努力で堂々たるジャンルを形成していった歴史を一望におさめることができるのが、7月19日から世田谷文学館で始まった「日本SF展─SFの国」だ。
 日本現代SF草創期から今まで、多くの写真、書籍、映画やテレビのスチール写真、プラスティックモデルなど多彩な展示手法を用いて表現してくれる。よく整理の行き届いた展示の流れで、心地よい空間が作られている。
 全体の構成は以下の通り。
(イントロダクション)
●SFの古典 小栗虫太郎の『有尾人』や星新一さんの父君、星一さんが書いた未来予測『三十年後』などの書物を展示。
●海野十三 菅野昭正世田谷文学館館長自身の監修による十三の児童書元版の展示。
●SF作家クラブの創設と発展 SFのパイオニア的作家たちの交友を示す多数の写真が興味深い。惜しくも途中で亡くなられた大伴昌司氏が事務局長を担った国際SFシンポジウム(1970)の記録など見ると、これだけの規模のものは今もなかなかできないと思うほどだ。アーサー・C・クラークやジュディス・メリルがきて、それにソ連の作家が加わり、これなかったブラッドベリが詩を寄せるなんて、すごすぎるくらいだ。
●SF雑誌・書籍の出版史 宇宙塵のバックナンバーはじめ、SFマガジンの表紙、創元推理文庫のSFシリーズなどがぎっしり。懐かしいものばかりだ。
(第一世代)
●星新一
●小松左京
●手塚治虫
●真鍋博
●筒井康隆
*日本のSFを牽引した巨匠を5人に絞り込んで、それぞれの業績を回顧する。手塚さん、真鍋さんなど小説のフィールドだけを顕彰するのではないところが、SF界の包容力。
(成長期)
●円谷英二のSFXムービー
●鉄腕アトムの世界
●大伴昌司と少年マガジンの「全図解」
●ウルトラマンなど特撮映画の系譜
●1970年の万国博
(SFの未来)
●浦沢直樹と『21世紀少年』の世界
 全体に総花的にせず、絞り込んで、その分、ひとつひとつのコーナーを深く構成しているのが特徴だ。
 「第一世代」の巨匠たちの世界を見ていると、この人たちがいかに仲良く、この幼年期のジャンルを慈しんでいたか分かって、微笑ましくなる。
 もちろん、一方で切磋琢磨していたことは、東京新聞の記事にもなった半村良さんの小松さんあての書簡などでも分かる。これは、『日本沈没』を読み上げた半村氏が「これ以上の作品は僕には書けない。作家であることをやめたくなった」ことを告白したもの。
 そういう小松さんのコーナーを見ると、『日本沈没』の構想メモや、編中に用いた物理的数字を何度も検算したであろうごくごく初期の電子計算機が置いてあって、この物語が尋常でない気力で書きあげられたものであることがわかる。
 もうひとつ、SFはジュブナイル(児童もの)の世界を実に大切にしてきたということも、あらためて考えさせてくれる。古くは海野十三、そして手塚を経て、浦沢直樹、途中にジュブナイルの不滅の古典、筒井さんの『時をかける少女』をはさむと、SF世界が成立していく過程で、こうした児童もの、青年ものにみんなが手を抜かず、真剣に取り組んできた結果が、今につながっていることが分かる。
 この「日本SF展」のおみやげは、少年SF本の体裁を踏襲した図録(1500円)。今なら、大伴昌司氏の少年マガジン大図解の復刻シート(サンダーバード秘密基地の巻)がついてくる。他に、文学館でしか買えないものに、豆本『きつねこあり』がある(500円)。これは筒井『きつね』星『ネコ』小松『アリ』の3つのショートショートを収めたもの。この他にも、真鍋博ポストカード(各150円)、SF作家クラブオリジナルのお菓子(マシュマロ、1200円)などもあり。なお、展覧会は原則月曜休館、9月28日まで。