松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第55回
ディケンズの中絶ミステリをミュージカル化
観客参加型でむりやり解決をつけてしまう
東宝ミュージカル公演
『エドウィン・ドルードの謎』
シアタークリエ 2016年4月12日鑑賞

ミステリ研究家 松坂健

 チャールズ・ディケンズの遺作が長編ミステリ、『エドウィン・ドルードの謎』であることは、常識である。
 しかも未完のまま残され、筆を絶たれたあとの物語がどういう展開になるのか、その後、解決策の提示がいくつも行われてきたこともよく知られている。
 そんなミステリ史永遠の謎にミュージカルで挑戦しようというのが、ルーパート・ホームズ作『エドウィン・ドルードの謎』だ。
 ホームズは劇作家だが、ミステリへの関心が高く、これまでにもジョン・グリシャムの『評決のとき』の舞台化を手掛けたり、ミステリノベルなども書き下ろしている才人。
 ちなみに、劇作への功績でMWAを二回受賞している。
 『ドルード』は1980年代半ばに執筆され、ブロードウェイで大ヒット。舞台のオスカーといわれるトニー賞の脚本・作詞・作曲の三部門をひとりで受賞する快挙を成し遂げている。
 アイデアは未完の結末について、観客参加型で決着をつけるという手法をとったこと。
ディケンズが書き残したところまでを一幕目として、真犯人の指名はあらかじめ配られた投票用紙を使って、その得票数で決めるというものだ。
 登場人物は8人。死んだと思われる人も出てくるが、実際は生死不明なので容疑者も8人。
 二幕目は、その得票数で決まった人を真犯人として書かれなければならないわけだから、台本が8種類ある理屈。役者さんも全部のバリエーションの台詞を覚えなければいけないのだから、大変だよね。
 ということで、このミュージカルがやっと日本に輸入され、東宝の製作で舞台に載ることになった。上演台本・演出を福田雄一、主演が山口祐一郎、ヒロインに宝塚を退団したばかりの人気男役、荘一帆を配している。
 幕があくと舞台はロンドン・ロワイヤル音楽堂という設定。そこで、劇場支配人がディケンズ氏の未完の物語を上演すると前振りをして、いわば劇中劇として、エドウィン・ドルードにまつわる物語が始まる趣向だ。
 ドルード青年は美しいローザの許婚だ。だが、エドウィンの伯父、ジャスパーが横恋慕している。ジャスパーはピアノの名手で、しかも催眠術を施せる男だ。ローザは教会の歌唱練習中に気を失ったりする。
 そのローザにもうひとり恋をしたセイロン出身の青年が双子の妹をつれて登場する。
 そしてある日、エドウィンが失踪したというニュースがもたらされる。そしてエドウィンの生死が詳らかにならないまま半年が過ぎる。そこに登場したのが、ダッチェリーなる謎の男で、彼は真相究明のための活動を始める。
 というところで、物語はおしまい。エドウィンは死んでいるのかいないのか? ダッチェリーとは誰なのか? 
 幕間に観客は配れらた用紙から、犯人と思われる人の写真をちぎって、投票。その集計で二幕目の展開になるわけだ。
 このように観客参加型のミステリ劇は、法廷ものでしばしば試みられていた。
 珍しいところでは、徹底したエゴイズムこそが人間の原理だとする哲学(オブジェクティズム―客観主義と称する)を唱道し、最小限の政府、弱肉強食の自由競争肯定思想でアメリカ保守主義に大きな影響を与えているアイン・ランドの初期戯曲”Night of Janyuary 16th”が、観客全員を陪審員に見立てて、有罪・無罪を決めて幕が下りるという手法だった。同様のやり方が、1980年代、ジェフリー・アーチャーの戯曲『有罪と無罪の間』で用いられてもいる。
 さて、話をエドウィンに戻そう。
 東京・日比谷のシアタークリエ版も投票時は結構、観客席が沸いて、盛り上がった。僕が見た回は、教会の牧師が真犯人という投票結果になってしまった。
 あまり犯人にする根拠はないのだが、演じている役者さんの怪演ぶりが楽しいのが得票につながったのだろう。そのたわいなさが、このエンターテインメントのいいところだ。
 なお、二幕目の初めには、音楽堂の支配人が登場し、役者の数が足りないのでジャスパー役をやる人がいない。ついては誰かに一人二役をやらせると宣言し、これは観客の拍手によって決める趣向もある。
 また幕切れにも支配人が舞台脇に立ち「ミュージカルは愛する男女の恋の歌でしめくくらないといけない。この中から唐突に二人を選んでデュエットさせる」として、これも拍手で選びラブバラードを歌わせて一巻の終わり。
 犯人当てが8分の1、ダッチェリー役が8分の1、そして最後の二重唱が8分の2ということで、この順列組み合わせは千通り以上の組み合わせになる。
 こんなほら話的展開も、ゆるくて楽しいミュージカルならでは、ということだ。
 エドゥイン・ドルードについては、今でも研究書が出版される。僕が所有しているもので珍しいのは、ドルード元版が出版された数年後(ということは1860年代の本)、霊媒師がディケンズを呼び出して書かせた続編というのがある。
 また、研究の中で異色は、ディクスン・カーが解決したと言っていることで、これは歴史ミステリのリリアン・デ・ラ・トーレがカー自身から書簡で知らされたとのこと。
 その顛末はミステリマガジン1982年5月号に掲載されているので、興味ある人はご参照あれ。