新入会員紹介

入会のご挨拶

野々宮ちさ

 はじめまして。このたび、日本推理作家協会に入会させていただきました野々宮ちさと申します。昨年八月に講談社X文庫ホワイトハートより『黄昏のまぼろし 華族探偵と書生助手』という作品でデビューいたしました。歩き出したばかりの未熟な新人ですが、なにとぞよろしくお願い申し上げます。また、ご推薦をいただきました有栖川有栖先生と綾辻行人先生に、この場を借りてお礼申し上げます。
 自己紹介をしたためるにあたって、そもそも自分は何故ミステリー作家を志すことになったのだろう、と思い返してみると、最初の分岐点は十六歳の夏だったように思います。何が起こったかというと、そのあたりで大病を患い、以後、病弱体質に変じて、しばしば入院するようになったのです。そうして、いやおうなしに長い時間を過ごすことになった病院という場所で、私は沢山のミステリーと出会ったのでした。というのは、大抵の病院の中には退院した患者さんが残していった本を収蔵した本棚があり、そのうちかなりのスペースをミステリーが占めていたからです。
 それ以前からホームズものを始めとして好きな作品は多々あったのですが、ミステリーの持つ真の力に気づいたのは、この病院内コレクションのおかげでした。病気になるとどうしても気分が沈みがちになり、それと共に、ものの見方や感じ方が変わります。本にせよ、音楽にせよ、お喋りの話題にせよ、大好きだったはずのものが苦痛に感じられることもままあります。ですが、将来を悲観して心ふさぐときも、したくともできないことを数えて切なくなるときも、ミステリーは変わらず楽しめたのです。
 謎解きというものが持つ吸引力の強さなのか、はたまた、ジャンルの特性として光と影を共に内包する点が自分の心情にはまったのか。いずれにしても、ミステリーを読む間は思いわずらいが停止され、その休息の時間は、日々をしのぐための気力を私に与えてくれました。
 そのようにして、ミステリーは徐々に私にとって特別なジャンルとなり、大事な友となり、いつしか「こんな話を読んでみたい」というイメージが浮かぶまでになりました。「元気になったら、ちゃんと創作を学んで、このお話を書こう」ということが、その頃の一つの希望でした。それから長い時間を経て、ある程度の体力がつき、晴れて有栖川有栖先生の創作塾の扉を叩いたのが二〇一一年の秋です。
 ただし、その時点でもまだ、作家を目指そうなどという大それた考えは持っていませんでした。願いはただ「ずっと頭に描いてきた物語を書きたい」ということだけで、それすら自分にできるのかどうか危ぶんでいました。なにしろ、まともに小説を書いたことがない人間です。冒頭部分を書いて提出したはいいものの、「自分に思いつく程度の話なんて、人から見れば、ものすごくつまらないかもしれない」「ものすごくつまらないと分かったら、どんなにがっかりするだろう」などなどの後ろ向きな不安に駆られて、次回授業が怖くなったことを覚えています。
 そして、おどおどしながら迎えた初講評の日。先生はにっこりしながら「面白かったですよ」と言ってくださったのでした。あのときの安堵と喜びは忘れられません。その後も、先生は常に温かな言葉をもってご指導くださり、色々なことに気づかせてくださいました。自分が書こうとしているのがどういう物語なのか。何がよくて、何が不足しているのか。不足を補うためには、どのように努力すべきなのか。
 それは一度も経験のないほど楽しく、心躍る時間でした。同門の仲間たちからも刺激を受けて、私はどんどん書くことに夢中になり、一作目の完成に飽き足らず二作目に着手し、気がついたら投稿していました。それがまた思いがけずデビューのお話をいただくきっかけとなって、昨年の初出版へと至った次第です。
 こうして自分の来た道を振り返ると、運命の不思議さに打たれます。予期せぬ出来事を積み重ねるうちに、いつの間にか、十六歳のときには夢にも思っていなかった場所にたどり着いていました。その場所へと導いてくださいました有栖川先生に、あらためて心からの感謝を捧げます。先生にお目にかかれたおかげで、若いうちに被った大きなマイナスがマイナスではないものに変わりました。
 もちろん、これにてハッピー・エンド……となるほど人生は甘くないのはよく分かっていますが、それでもなお、出版の機会をいただけたことを本当に幸せに思います。ずっとミステリーの助けを借りて生きてきた私が、ささやかなりともミステリーの本を出せたことが何より嬉しいです。書き続けることができるよう、そして少しでもよいものを書けるよう、一生懸命、精進いたしますので、どうか皆様、お見守り、お導きください。