松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第60回
東奔西走、金田一耕助、耕助さん登場70周年のイベント二題
神戸文学館「金田一耕助の神戸を探偵する」 2016年9月15日~12月25日
二松學舍大学柏図書館「横溝正史ミステリーと地図」 2016年10月17日~11月30日

ミステリ研究家 松坂健

 金田一耕助人気って衰えないなあ、と思う。
 NHK―BSで『獄門島』がリメイクされたばかりだ。今度の金田一耕助は長谷川博巳が演じている。柄がぴったりで、石坂浩二、古谷一行につづく好配役だと思う。
 このコラムでも触れたが、2016年は『犬神家の一族』でスタートした角川映画が四十周年ということもあり、金田一ものの再上映があったこともあろうかと思うが、文学イベントの方も東に西に、と行われている。こういうところが、乱歩さんとちがうところで、あれほどの知名度がありながら、明智小五郎展などは見たことがない。乱歩はその作家性が愛されていて、正史は名探偵のヒーロー性が愛されているということだろう。
 さて、まず西のイベントだが、神戸・JR灘駅の神戸文学館で開催されているのが「横溝正史~金田一耕助の神戸を探偵する」展(9月15日~12月25日)。
 これは、神戸とその周辺が登場する金田一ものをとりあげ、その地理と風俗を展示する趣向だ。謳い文句は「金田一耕助が読者の前に登場してから70年。この節目の年に横溝正史がちりばめた神戸の謎を“探偵”してみます」とある。お~、そうだ。『本陣』からちょうど70周年だったね、とあらためてその作品生命の長さに感銘を覚えた。
 いくつもの作品に神戸が登場しているのだが、神戸そのものを舞台背景にするのではなく、事件の背後に登場人物が青年期過ごした場所が神戸だったという風な、「犯罪は過去の影をひきずる」の過去のモチーフで扱われることが多いのが特徴だろう。
 神戸モチーフの代表作が『八つ墓村』。この物語は、物語の枠組が主人公寺田辰弥の回想になっている。事件解決の8カ月後、寺田は神戸西郊の彼の新居で酸鼻な事件を語り始める。その事件の発端も神戸で、惨事の前哨戦は神戸市・上筒井というところにある諏訪弁護士の事務所が舞台だ。
 そんなことで、戦前の上筒井の風景写真、辰弥が建てた淡路島を眺められる小高い丘の場所を推理したり、という趣向だ。
 『悪魔が来たりて笛を吹く』は東京の豪邸で起きる連続殺人が主題だが、事件のルーツは神戸にあり、耕助は出張調査に向かう。
 『悪魔の手毬唄』は岡山の県北、鬼首村が舞台で、神戸そのものは出てこない。しかし、事件を起こすきっかけが金モールの飾りを売りに来た大道商人の来訪。その男が神戸からやってきた設定で、金モール工場もそこにあったことにされている。このキャラクターを通じて、神戸の「都会性」が農村に禍を運んでくる様が間接的に描かれるわけだ。
 当時の神戸の写真などに加え、金田一もののヒントになった海外ミステリの展示もある。但し、全体的に展示だけでは説明不足の観があった。ここに来るとA4・4ページのフライヤーがあって、その1からその4までを読むと展示の意味が伝わってくる。展示の説明文に「昭和1975年」とあったのは、僕に同行してくれた職業「重箱の隅の老人」さんが指摘したので、ちゃんと直されていることを期待したいところだ。
 先にも述べたが、神戸は正史が生まれたところ。それを顕彰して、「横溝正史先生生誕地碑」が、東川崎町の一角に建立されて、もう12年になる。尽力されたのは「神戸探偵小説愛好會」主宰者の野村恒彦さん(ちなみに神戸文学館の記念講演もご担当)。毎年、建立された11月には周年事業で「建立記念イベント」も行っている。今年は11月12日、角川文庫のカバーアーティスト、杉本一文さんを招聘しての講演会だった。

 一方、東のイベントは二松學舎大学柏5号館図書館で開催された「横溝正史ミステリーと地図」展(10月17日~11月30日)。
 二松學舍大学は横溝正史邸の物置に保存されていた資料を譲り受け、所蔵している。それを活用した、『横溝正史研究』が既に5冊刊行されている。
 今回はその所蔵品を利用しての展示で、正史ミステリに出てくる地名とその地図をフィーチュアしている。
 テーマとして採用されたのが古江戸地図と人形佐七もの、そして軽井沢と『仮面舞踏会』など。展示の白眉は、この作品執筆にあたってのノートだ。正史は創作にあたって、事前にメモをつくることはほとんどしないで、記憶で書き上げていたので、このノートは珍しいものなのである。そこには舞台にした軽井沢の地名や施設についてのメモが残されている。
 とはいえ、展示に説明文がほとんどないのは不親切。できれば記念講演の山口直孝教授「横溝正史と軽井沢―地図がはぐくむ想像力」を聞きたかった。講演記録など簡単な印刷物で配布してくれないものかと思う。