松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探訪記 第68回
本当の”趣味人”、泡坂妻夫さんが今でも愛されるこれだけの理由(わけ)
泡坂妻夫 展
2017年7月19日~8月8日 東京古書会館

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 没後8年も経っているのに、回顧展が連続して行われる。なんだかんだ、鬼籍に入れば、その後は忘れ去られていく作家が多いなかで、この人ほど、今でも愛されている作家さんはいないのではないかと思う。
 泡坂妻夫さんである。
 豊島区在住ということもあり、豊島区立図書館がことのほか熱心で、前後数回にわたって、規模は小さいものの(図書館フロアの一角で催行)、泡坂さんに関する新資料が出るたびに展示会が行われ、昨年の夏には市立小樽文学館の企画展でも取り上げられている(2016年7月30日~8月28日)。
 今回は神田の東京古書会館2階での開催。それまでの展示会を見逃していた人には最適なタイミングだったように思う。
 展示の中身はこれまでの「総集編」という感じだが、泡坂さんが残された短編の構想ノートの緻密なことに驚かされた。
 読者を逆説、常識の外に連れ出す世界を現させるために、事前にここまで練り込むのかとちょっと感動ものだ。
 泡坂さんが得意としていた奇術も紋章上絵師としての仕事も、すべて事前の準備が勝負所ということだったのだろうと思う。
 展示されている『しあわせの書』執筆用のオリジナル原稿用紙などを見ると、この人がいかに人の目をくらますかにどれだけ熱心だったか、わかる。
 本の中に本が仕込まれている『生者と死者』も同じ。どれだけ電子書籍が流行っても、これだけは紙の本でないと味わえない驚きというアイデアも素晴らしい。
 要するに、泡坂さんほどチャーミングな作家はそうはいない、ということなのだろう。
 トリック満載のミステリ、奇想溢れる推理たっぷりの短編群、仕掛け本の究極を目指す遊び心、奇術師としての腕前、紋章上絵師という何とも渋い本職。泡坂さんのどの部分ひとつとっても、ユニークそのものだ。
 そして、その各部門のすべてに一級品を残しているのが凄いところだ。
 展示には、泡坂さんを囲む同僚作家たちのオマージュ、彼を愛したファンたちが残した同人誌、研究誌なども含まれている。そういうものを見ても、気持ちがほのぼのとしてくる。
 泡坂さんは、ある意味、自分の”趣味”に生きた人で、それぞれに達人的な成果を残している。なんとも羨ましい人生だ。
 誰もが密かに憧れる人生をさらっとやってのけたところに、爽やかさがあって、多くのファンが魅了されたところがあるのだと思う。
 泡坂作品のエバーグリーンさは、作者本人へのエバーグリーンな思いがみんなに共有されているところにあると思う。
 泡坂さんの大型原稿用紙とか、構想ノート、奇術関連の文献などを出来る限り実物大で復刻してまとめたトリビュート本など出せないものか。