日々是映画日和

日々是映画日和(96)――ミステリ映画時評

三橋曉

 単発のB級映画が、世紀末を挟んで一大サーガへと発展してきたリドリー・スコットの『エイリアン』だが、九月に日本公開の『エイリアン:コヴェナント』では、前作『プロメテウス』で掲げられた新たなテーマ、すなわち人類誕生の謎に迫っていく。おなじみの悪夢のような緊迫の展開と、それとは一見ミスマッチなヒロイン、キャサリン・ウォーターストンの存在感も相性が良く、原点に繋がる最後のミッシングリンクとなるであろう次回作が待ち遠しいものになってきた。

 さて、今月の一本め。主演のイザベル・ユペールがアカデミー賞にノミネートされた『エル ELLE』は、オフビートな感触に特徴がある。ゲームの製作会社を率いる女社長のヒロインは、ある日自宅にいるところを、押し入ってきた黒づくめの覆面男にレイプされてしまう。さらにその数日後、悪夢のような出来事が繰り返される。謎のメールから、犯人が身近な誰かだと察せられたが、特定するのは難しかった。幼い頃に父親が大量殺人犯として逮捕され、自分も巻き込まれた経験から警察との関わりを嫌う彼女は、一人で犯人をあぶり出そうとするが。
 監督は、何かと話題の多いオランダのポール・ヴァーホーヴェンだが、物語はフランス映画のテイストに終始する。情事の相手やその妻である親友や、気になる隣人夫妻、若い恋人といちゃつく母親、自立していないダメ息子など、彼女との様々な人間模様がエスプリを交え映し出されていき、そこから真犯人が忽然と浮かび上がる。残念ながらフーダニットの興味は薄いが、レイプ犯の正体が割れてからの展開は、ヒッチコックやデ・パルマを思わせる局面もあって楽しめる。シャブロルが愛したヒロインは、やはりミステリ映画がよく似合うことを再確認した。※八月二十五日公開(★★★1/2)

〈シネマカリテ・コレクション2017〉で上映されたイ・ヨソプ監督の『犯罪の女王』は、ちょっとユニークな女探偵もので、司法試験の勉強に精を出す受験生キム・デヒョンの母親パク・ジヨンが、息子のマンションで起きた不可解な事件に巻き込まれていく。仕送りのために、違法すれすれのエステ業を営む彼女は、目玉の飛び出るような高額の水道料金を請求された息子のもとに駆けつけるが、水道に故障はなかった。しかし風変わりな居住者たちから聞き込みを重ねるうちに、請求金額の謎につながる事件の糸口をさぐり当てる。
 事件そのものが単純なために、謎ときも呆気ない。ミステリ映画としてはやや拍子抜けと言わざるをえないが、溺愛するわが子のため、事件の渦中へと闇雲に飛び込んでいくパク・ジヨンの母性愛たっぷりのコメディエンヌぶりが強烈。ほぼそれだけで全編を支えていると言っても、過言ではない。エリート候補生たちの心に巣食う虚無感が、現代韓国の世相を映し出す社会派ぶりもよし。(★★)

 公開の機会に恵まれているとは言い難い韓国映画だけに、〈反逆の韓国ノワール2017〉のような特集上映は実にありがたい。〝全作品韓国初登場第一位!〟という鳴り物入りで一挙に四つの新作が公開されたが、その中でもミステリ映画好きとして楽しめたのは、イ・スヨン監督の『犯人は生首に訊け』である。過去十五年に渡って起きた殺人事件が未だ解決を見ないソウルに近い町。漢江の解氷とともに、この春にも首や手足を切断された死体が見つかっている。引っ越して間もない医師は、内視鏡検査のさ中に意識のない認知症の老人が洩らした「冷蔵庫に首がある」という言葉を耳にしてしまう。それがきっかけとなって、老人の息子で精肉食堂の店主への疑惑が彼の中でふくらんでいく。
 主人公は、『お嬢さん』では変な日本人役を演じたチョ・ジヌンで、家族と離別した孤独から、現実と妄想の間をさまよう医師を好演している。さらに家主のキム・デミョンや看護婦のイ・チョンアの不審な挙動の数々が、観る者を眩惑する。観客に真相を予測させ、さらにそれを覆してみせる脚本は悪くない。(★★★)

〈反逆の韓国ノワール2017〉からもう一本。クォン・ジョングァン監督の『特別捜査 ある死刑囚の慟哭』は、冤罪がテーマになっている。仁川を牛耳る財閥の若夫人が殺害された事件で死刑の判決を受けたキム・サンホは、無実を訴え元刑事の弁護士ブローカー、キム・ミョンミンに助けを求めた。事件の担当刑事が自分を辞職に追い込んだ元同僚だったことから、キムは復讐心に燃え事件の真相解明に乗り出していく。
 財閥の女帝に『殺人の告白』のキム・ヨンエ、その腹心の殺し屋に『殺人の追憶』のキム・レハと、悪役にも実力派が顔を揃える。そんなキャスティングといい、イケメンの主人公が大暴れする痛快なメジャー路線のストーリーといい、大衆受けする条件を十分に揃えているが、残念なことに真相にはツイストの欠片もない。冤罪テーマの掘り下げも、同じ特集上映の『善悪の刃』に、切実さで一歩譲る。キム・サンホとキム・ヒャンギの親娘関係の濃やかさのみが心にしみる。(★1/2)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。