NEW ERA, NEW BALANCE?
遊井かなめ
この度、日本推理作家協会に入会させていただきました遊井かなめと申します。ご推薦いただいた有栖川有栖先生、山口雅也先生に厚く御礼申し上げます。
私は最近、インターネット網やソーシャルメディア社会で起こる事件や犯罪が解決される過程を描いた物語=サイバーミステリについて原稿を書く機会が多く、『サイバーミステリ宣言!』という本も出しています。ネットに強いと思われているのでしょうか。しかし、私はいわゆるインターネットの「集合知」をまるで信用していませんし、社会をより良くするとも思っていません。
たとえば、ウィキペディアというインターネット上における百科事典のようなものがあります。ここで、有名なスタンダード「陽のあたる大通り」の項目を見てみましょう。トミー・ドーシー&センチメンタリスツ版は一九四五年に録音されたと記載されていますが、これは誤りで、正しくは一九四四年です。このように、誤った情報が事実であるかのようにウィキには記載されています。
「重箱の隅をつついているだけでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。ところが、日本でも大ヒットしたマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」ですら、ウィキには誤った情報がひとつ紛れています。余談ですが、その情報を元にして書かれた記事を雑誌で見かけたことがあります。
ところで、研究の成果というのは日々更新されていくものです。それは音楽にしても同じこと。たとえば、フェイセズの一九七五年一一月一二日のナッソー・コロシアム公演を収録した音源として長らく出回っていたブートレグがありました。しかし、十年ほど前に、同音源は実際には前年一二月のロンドン公演を収録したものであることが判明しました。今では、正真正銘のナッソー・コロシアム音源も見つかっています。とはいえど、十年以上前に書かれたブログなどは今でも修正されないままネット上に残っています。研究の成果が更新されても、古い情報をもとにしたサイトも更新されない限り、“事実”が混在し、真実が見えづらい状態になるのです。特にウェブというのは、理論上では半永久的に残ってしまうものですし、検索エンジンでは同列に扱われるので、その傾向は強まります。
さて、私が十年近く探しているCDがあります。二〇〇一年にリリースされ、発売直後に新宿のタワーレコードで買ったのですが、無くしてしまったのです。ジャケット写真は記憶におぼろげにありますが、ミュージシャンの名前とタイトルは忘れてしまいました。アルバムに収録された一曲が、当時日本のシャンプーだか整髪料だかのCMに使われていたこと、モッズ風味なこと、口笛がアクセントになっていたことは覚えています。それだけわかっていながら、いまだ見つけられないのです。ネットでいろいろと検索をかけてみたのですが、それでも見つかりません。新宿のタワーでは、同アルバムはポップトーンズからリリースされたコズミック・ラフ・ライダーズのアルバムと並べて置いてあったので、その線から探ってみたのですが、無理でした。
六〇~八〇年代、そして〇〇年代後半から現代にかけての音楽に関する細かい話はネット上に多く転がっています。六〇~八〇年代が充実しているのは、文献(雑誌や単行本)が充実しているからでしょう。〇〇年代後半以降の情報が充実しているのは、SNSが普及したことで体験、考察、感想がリアルタイムで広範囲に共有されたからでしょう。対して九〇年代後半から〇〇年代前半はといえば。当時を体系的に記した資料はそんなに多く出ておらず、当時は日常的にインターネットに触れるような音楽ファンも多くありませんでした。九〇年代後半から〇〇年代前半にかけて、音楽ファン、特に洋楽ファンは情報をインターネット上に継承できていない、ということになります。ネットという器があっても、知が集合するとは限らないのです。
私がネットの「集合知」をまるで信用せず、「蒐集を続けることこそが真の知を獲得する最良の手」と考えるのは、右に記したような様々な理由からです。
おそらく、レコード蒐集を始めた五歳の頃からこんなことばかり考え、些細なことにこだわってきたから、同様に五歳の頃から親しんできたミステリに対しても私はひねくれてしまったのかもしれません。
今後もミステリの蒐集・研究を続けていく所存ですが、私はひねくれ者ですので、いろいろご迷惑をおかけするかと思われます。ご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。