日々是映画日和(100)――ミステリ映画時評
年の瀬は、四十三年ぶりに映画化された『オリエント急行殺人事件』が大いに話題を呼んだようだが、確かにケネス・ブラナーのポアロは堂々たるものだったし、出演陣の多士済々や、アジアとヨーロッパを結ぶ鉄路という舞台設定を活かしたスペクタクルも見応えがあった。ただ欲をいえば、クリスティの原典ではほとんど顧みられない正義の在り方について、今日的な解釈を示して欲しかった気もする。議論を喚起しながら、中途半端に終わったのが惜しまれる。別の結末があっても良いという個人的な感想は、別に奇を衒ってほしいというのではなく、そういう意味を込めてのものだ。
さて、インド出身のリテーシュ・バトラ監督がブッカー賞受賞作の映画化に挑んだのが『ベロニカとの記憶』だ。中古のカメラ店を細々と経営するジム・ブロードベントは、別れた妻との関係も良好で、穏やかな老後の日々を送っていた。そんな彼を若き日へと引き戻す手紙が、法律事務所から届く。大学時代の恋人ベロニカの母親が亡くなり、なぜか彼に遺品が贈られたという。その品は、かつての親友の日記だった。しかしいつまでたってもそれは手もとに届かない。業を煮やした主人公は、引き渡しを拒んでいるというベロニカに直接の接触を試みるが。
原作にあたるジュリアン・バーンズの『終わりの感覚』は、〈新潮クレスト・ブックス〉の一冊だが、幾重にも仕掛けられたサプライズがミステリ読者の間でも評判となり、その年の〈このミス〉でベストテンにも選ばれた。大筋において小説を忠実に映画化しているが、いくつかの設定変更の他、脚色もなされている。その結果、後日談を付け加えられた幕切れが、小説とはまた違った余韻を生んでいるが、時に人生が突きつける辛辣で厳しい現実に毅然と向き合う元恋人のベロニカをシャーロット・ランプリングが凛々しく演じ、悲痛なまでの真相の衝撃は少しも損なわれていない。人間がいかに放漫に陥りやすいかを、いやというほど思い起こさせる作品だ。※一月二十日公開予定(★★★★)
昼間は会社で経理のプロとして山ほどの仕事をこなし、夜は博物館が払い下げたアンモナイトの化石を自宅で愛でる。そんな毎日を送る二十四歳のOLヨシカは、同僚の男子から思いがけず言い寄られたりもするが、中学以来思い続けてきた片思いの相手があった。ある晩のこと、アパートの自室でボヤ騒ぎを起こしたことが、思いがけず彼女の恋心に火をつける。意中の彼にやっと告白する決心をした彼女は、他人の名前を拝借してクラス会を開催するという手のこんだ策に打って出るが。
『勝手にふるえてろ』で主役のこじらせ系女子を溌剌と演じるのは松岡茉優。『桐島、部活やめるってよ』でも、女子生徒グループの中にあって橋本愛や山本美月にも負けない存在感があったが、そんな彼女にあて書きしたかのようなテンション高いヒロイン像が鮮明だ。実は綿矢りさの同題の原作にはまったくといっていいほどミステリの要素はないが、監督で脚本も書いている大九明子が、このオフビートな青春恋愛物語に、鮮やかなひと工夫を加えている。それがサプライズの興趣を生むだけでなく、主人公のキャラクターとも鮮やかに共鳴し、素晴らしい効果を上げているのである。(★★★★)
殺し屋は、覚えのない安ホテルのベッドで目がさめた。全身に巻かれた包帯を取ると、その下から出てきたのは女の体。意識を失っている間に、彼は性転換手術を施されたのだった。「おまえは敵を作り過ぎた」という言葉とともに、彼に銃弾を浴びせたのは顧客であるはずのマフィアのボスだった。ベッド脇に置かれたテープレコーダーには、手術は復讐のためになされたというメッセージが、女の声で残されていた。いったい誰が、何のために?
お懐かしや、『ゲッタウェイ』『ザ・ドライバー』『48時間』の巨匠ウォルター・ヒルの新作『レディ・ガイ』は、女性に改造された殺し屋(ミシェル・ロドリゲス)と、マッド・ドクター(シガニー・ウィーバー)の並行する二人の物語が火花を散らしながら真相へと迫っていく。原作のグラフィックノベルを意識した画面作りからしていかにもB級だが(事実、本作は低予算のインディペンデント系映画)、老練ヒルの演出は冴えている。奇抜な設定なのにキワモノ感は薄く、一風変わった復讐ものとして最後まで観客を飽かさない。※一月六日公開予定(★★★)
さて、これが二〇一七年の最後の原稿なので、毎度のことながらミステリ映画の収穫で今年を振り返り、締めくくります。(順位なし、ほぼ観た順)。二〇一八年もまたご贔屓に。
◯ トゥー・ラビッツ
◯ ナイス・ガイズ!
◯ お嬢さん
◯ 哭声 コクソン
◯ バッド・バディ! 私とカレの暗殺デート
◯ メッセージ
◯ 22年目の告白 私が殺人犯です
◯ 愛を綴る女
◯ ブレードランナー2049
◯ ダブル・サスペクト 疑惑の潜入捜査官
◯ ノクターナル・アニマルズ
◯ ローガン・ラッキー
◯ 光
◯ 勝手にふるえてろ
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。