日々是映画日和

日々是映画日和(104)――ミステリ映画時評

 先日、ジョゼフ・ロージー監督の『エヴァの匂い』がリバイバル公開された。原作は、ジェイムズ・ハドリー・チェイスの「悪女イヴ」。作者は、アメリカのハードボイルド流をイギリスに輸入し、フランスのセリノワール経由でヨーロッパに伝搬したことでも知られる。しかしジャンヌ・モローのエヴァ(=イヴ)を、よっぽど気に入らなかったのだろう。作者はけちょんけちょんに貶したという。それが半世紀ぶりに『エヴァ』として再映画化され、七月に日本でも公開される。ヒロインの悪女役はイザベル・ユペール、と聞けば興味をそそられる方も多かろう。チェイスが生きてたら何と言うか。しばらく絶版で手に入らなかった原作が、新装版で帰ってくるのもめでたい。

 さて今回も韓国映画から。モデル出身のイ・ジョンソクがシリアルキラーを演じて話題の『V.I.P.修羅の獣たち』は、『新しき世界』で韓国ノワールのファンを痺れさせたパク・フンジョン監督の新作だ。亡命してきた北の要人の息子が、ソウルで起きている連続殺人事件の容疑者として浮上する。国家情報院のチャン・ドンゴンは亡命者を守るために奔走するが、刑事のキム・ミョンミンは真犯人だと確信していた。そこに殺人者を追って国境を越えてきた元北朝鮮保安省のパク・ヒスンが現れる。犯人で繋がる三人の男たちの間の摩擦は、いつしか奇妙な連帯へと変わるが、彼らの混乱をあざ笑うかのように、容疑者は追尾の網をすり抜けようとする。
 CIAと国家情報院の陰謀という設定の胡散臭さはあるが、四者入り乱れての追いつ追われつは見応え十分。パク・フンジョンは脚本も担当しているが、男たちの群像劇はさすがに見応えがあり、泣かせるツボも押さえている。穏やかな佇まいと悪魔の所業を持つ、酸鼻きわまるイ・ジョンソクのシリアルキラーぶりも一見の価値あり。やはり女性に人気のキム・スヒョンが一人二役を演じた『REAL リアル』が空回りしていたのとは好対照の仕上がりだ。※六月十六日公開予定(★★★1/2)

 柚月裕子の原作を読んだ時、これを映画化するなら東映だろうと半分冗談で思ったが、その通りになった。しかも監督は『日本で一番悪い奴ら』の白石和彌、さらに『渇き』で刑事役だった役所広司が、そのまま帰って来たかのように刑事役を演じる。『孤狼の血』を映画化するなら、どれもこれ以上はない人選だと思う。
 昭和末期の広島。大卒の新人刑事という触れ込みで松坂桃李が赴任した地方都市では、新旧の暴力団が一触即発でにらみ合っていた。旗色悪い地元の尾谷組は、縄張りを狙う加古村組に押され気味。尾谷組に肩入れしているように見える役所広司だったが、相棒となった新米刑事は、ある使命を県警から負わされていた。
 昭和の終わりという時代風景に激しい抗争をダブらせながら、どこか叙情がにじむ原作に対し、映画はヤクザと警察のギリギリの駆け引きを男臭く描いてみせる。同じ素材でも咀嚼の仕方でここまでアウトプットに違いが出るのかと感心させられる。肝は何を措いても、胡散臭さと正義感を併せ持ち、真意をなかなか覗かせない役所広司の刑事役だが、ピエール瀧、嶋田久作、石橋蓮司らのお約束通りの悪役ぶりにも、やはり味がある。(★★★)

 設定等に微妙な改変はあるが、『友罪』は薬丸岳の同題小説の映画化で、監督は『64(ロクヨン)』を撮った瀬々敬久だ。雑誌記者を辞めた生田斗真は、働くことになった町工場で周囲となじめない瑛太と出会った。彼には秘密があるようだったが、事故で指を失いそうになった彼を、応急措置で救ってくれた。その後、瑛太には夏帆という恋人も出来、寮の先輩ともカラオケに行くまで打ち解けるが、無邪気に歌う彼の動画が元で歯車は狂い始める。
 酒鬼薔薇や少年Aの事件として記憶される実際の事件に取材した原作と同様に、更生後の加害者はどう生きて行くのかという、少年犯罪とは切り離せない問題と正面から向き合ってみせる。生き辛さを極限まで突き詰めるような瑛太のあがきぶりが圧巻で、昨年の『光』の熱演を思い出させる。無論、このテーマには正解などないが、誰にも他者を傷つける可能性はあり、犯した罪は簡単に贖えないという恐るべき事実を、いやでも観る者に突きつけてくる。※五月二十五日公開(★★★)

 映画製作の舞台裏を描いた作品に『アメリカの夜』や『8 1/2』があるが、そのホラー映画版とも呼ぶべきが『カメラを止めるな!』である、と言ってしまおう。この映画には、One Cut of the Dead という英題があって、その名の通り、いきなり三十七分の長回しという作中作のゾンビ映画から始まる。とある廃工場でホラー映画を撮っていたロケ隊が、本物のゾンビに襲われるという内容だ。
 しかしこの本作、ホラーの着ぐるみを被ってはいるが、構造はミステリ映画なのである。前半のゾンビ映画部分を見ていると、稚拙な技術ゆえと思しき違和感を随所に感じる。しかし、実はそれはミステリでいう伏線で、後半の映画製作への長い道のりを描く前日譚の中で、その違和感の理由が一つ一つ解き明かされて行くという趣向なのである。しかも、最後には駆け足でそれを反芻してみせるサービス精神もある。監督の上田慎一郎は自主映画で活躍して来た人だが、本作で商業映画デビュー。自主制作時代にも『テイク8』など秀作も多く、いきなりのこの完成度にも納得がいく。お世辞ではなく、これからへの期待はつのるばかりである。※六月二十三日公開(★★★★)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。