日々是映画日和

日々是映画日和(113)――ミステリ映画時評

三橋曉

 昨年、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』がちょっとした旋風を巻き起こしたタイ発のミステリ映画だが、それに続く有望株が今年の大阪アジアン映画祭で上映された。アニメを含め過去二度映画になっている森絵都「カラフル」を、監督・脚本のパークプム・ウォンプムが舞台をタイの社会に落とし込み、ミステリ色を全面に押し出す形で脚本・映画化した『ホームステイ』である。主演が、『バッド・ジーニアス』で金持ちの坊ちゃんを演じたティーラドン・スパパンピンヨーで、とりわけクライマックスにかけての高揚感が素晴らしい。映画祭のデータには配給会社名があったので、遠からず日本でも正式公開を期待していいだろう。

 さて、今月はメイン州の風景や人々を生涯描き続けたアンドリュー・ワイエスの絵画にインスピレーションを得たというセルヒオ・G・サンチェスの監督デビュー作『マローボーン家の掟』から。メイン州の片田舎に、イギリスからマローボーンの一家が越してくる。悲惨な過去から逃れ、古い屋敷で新たな一歩を踏み出すも束の間、母親が病死すると、刑務所を脱獄した殺人犯の父親が姿を現す。長男のジョージ・マッケイは家族を守るために身を挺し、父親へと立ち向かう。
 さらに半年後、屋敷を手に入れるための法手続きを頼んだ弁護士から、母親の署名と手数料が必要だと言われる。困った長男は、サインを代筆でごまかし、父親が犯罪で稼いだ禁断の金に手を付けてしまう。その直後から、一家を異変が襲う。天井の染み、屋根裏部屋の怪しい物音、そして彼らが恐れる鏡には何が映るのか?
 物語は、責任感の強い主人公の視点で描かれ、彼が記す絵日記が、ガジェットとして効果的に使われていく。手際は必ずしも良くないのだが、幽霊屋敷を思わせる超自然現象の数々から導き出される真相は、家族愛という主題と見事にシンクロする。『スプリット』でもヒロインを演じたアニャ・テイラー=ジョイと主人公の心の交流がささやかな希望を投げかけるラストもいい。(★★★)

『蜘蛛の巣を払う女』を撮って間もないスティーヴン・ナイト監督の『セレニティー:平穏の海』は、一月に全米で封切られたばかりだが、観客を見込めないとの判断か、日本ではNetflixで配信されている。釣り船の船長として生計を立てるマシュー・マコノヒーを、別れた妻アン・ハサウェイが訪ねてくる。すがるように頼まれたのは、なんと今の夫ジェイソン・クラークの殺害だった。元妻との間に生まれた長男は彼女と暮らしていたが、再婚相手の暴力はその息子にも及んでいるという。元妻の懇願に屈し、彼は男を自分の船に釣り客として迎え入れるが。
 本作もまた難度の高い映像の叙述トリックに挑んだ問題作だ。巨大な獲物を釣り上げようと執念を燃やす男の物語を軸に、引き篭もりでゲームに逃避する息子の日常が断片的に顔を出し、さらには本編の流れにそぐわないスーツを着た男の姿が、繰り返し挟まれていく。何らかの企みを誰もが察するに違いないが、真の絵柄までは想像が及ばず、最後に唖然する観客が多いだろう。その手並みは決して鮮やかとは言えないが、あえて大技に挑んだ勇気に敬意を評したい。(★★★)

 水谷豊がメガホンを取った『轢き逃げ―最高で最悪な日―』は、ややもすると轢き逃げ犯と愛娘を失った家族の苦悩の物語だと思ってしまうが、実はそれだけではない。近く結婚する中山麻聖は、会社の同僚石田法嗣を乗せ、式の打ち合わせのため式場へと車を走らせていた。しかし近道のために入った裏道で、カメラを手にした女性を轢き、現場から逃げてしまう。動揺を抱えたまま結婚式を挙げた翌日、刑事が訪ねてくる。一方、娘の命を奪われた水谷豊は、喪失感に苛まれる日々を送っていたが、担当刑事の一言から携帯電話が娘の持ち物に見当たらないことに気づく。父親は、突き動かされるように娘の友人を訪ねてまわる。
 犯人らが逮捕され、加害者と被害者家族の葛藤になだれ込むと思わせるタイミングで、突如として浮上してくる消えた携帯の謎に意表を突かれる。事件を被害者の側から再検証していく展開は、父親の直感に頼っている部分もあるものの、被害者家族の執念のドラマとして見応えがある。被害者の母で、水谷豊との夫唱婦随を演じる壇ふみの器の大きな優しさが心に残るが、滋味とユーモアの双方をにじませる刑事役、岸部一徳の好演も見逃せない。*五月十日公開(★★★1/2)

 昨春、フジテレビの月九枠で放映された連続ドラマが、『コンフィデンスマンJP ロマンス編』として映画化された。ダー子こと長澤まさみ、ボクちゃんこと東出昌大、リチャードこと小日向文世らの詐欺師チームが再結集。今回の『ロマンス編』のターゲットは、香港の黒社会に君臨する女帝が秘蔵する世界最高のダイヤモンドだ。そんな彼らを抹殺せんと、TV版第一話以来の恨みを抱くヤクザの元締め江口洋介が機会を狙い、恋愛詐欺師ジェシーこと三浦春馬は、女帝だけでなくダー子のハートをも射止めようとする。
 TVシリーズで、十の詐欺の手口を惜しげもなくつるべ打ちした古沢良太の脚本はこの映画版でも健在で、観客は手玉にとられるコンゲームの快感を再び体験できる。映画ファンにおなじみの香港ロケも楽しいが、シリーズの花形である長澤まさみが絶好調で、弾けたコメディエンヌをやらせたら右に出るものなし、と思えるほど。TV版を踏まえた箇所もあるのだが、映画が先でも十分楽しめる。映画公開に一日遅れでオンエアされるTV特番の〝運勢編〟も気に掛かるところだ。*五月一七日公開(★★★1/2)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。