日々是映画日和

日々是映画日和(114)――ミステリ映画時評

三橋曉

 三十一年目の日本初公開が話題になっている『ザ・バニシング 消失』だが、同じジョルジュ・シュルイツァー監督がハリウッドに渡って撮ったリメイクの『失踪』の方を先にご覧になっている方もいるだろう。ただし両者は、その結末が決定的に異なる。オリジナルは、見終えた後になんとも厭な余韻が心に残り続けるのである。製作年の一九八八年は、トマス・ハリスが「羊たちの沈黙」を上梓した年であり(映画化は三年後)、サイコスリラー・ブームの前夜にあたる。この映画のプリミティブな凄みは、そんな時代なればこそのものかもしれない。後味の悪さだけでも、一見の価値ありだろう。

 さて、ウェブコミックを原作に、冥界に落ちた死者の地獄めぐりをユニークな形で描くキム・ヨンファ監督の連作が立て続けに日本公開されるが、毎度のことながら韓国映画はとんでもないことをやってのけるものだと感心させられる。
 先ず『神と共に 第一章:罪と罰』だが、火災現場で殉死を遂げた若い消防士チャ・テヒョンの目の前に、冥界からの使者チュ・ジフンとキム・ヒャンギが現れ、尊き亡者は地獄をめぐり七つの裁判をクリアすると転生が許されると告げる。二人を使いに寄越したハ・ジュンウは、千年の間に四十七人もの転生を実現した冥界の凄腕弁護士で、あと二人を救えば彼ら三人もお役御免となり、生まれ変わることが叶うという。かくして手強い大王たちを向こうに廻し、苦難の弁護が始まるが。
 ユーモアを交えつつの、ハリウッドもかくやの大スペクタクルが見応え十分。消防士の弁護に追われる一方で、今度はその兄が急死し、怨霊になってしまう。やむなくチームは地上と冥界の二手に分かれ、手分けして兄弟を救うことになるが、そのあたりの錯綜するプロットも実によく考え抜かれている。さらにそこから派生する形で、ミステリの謎解きが始まる展開の妙味には唸るばかりだ。
 一方、続編の『神と共に 第二章:因と縁』では、第一章で怨霊になりかかった軍人のキム・ドンウクが転生のために地獄を巡る。生まれ変われるまであと一人と迫った三人は、閻魔大王のイ・ジョンジェと取引し、その条件として、寿命が尽きても一向に死ぬ気配のない老人ナム・イルを連れてこいと命ぜられる。一同は、またしても冥界と地上を股にかけた八面六臂の大活躍を迫られることに。
 閻魔をはじめ、地獄の裁判を司る大王七人を名だたる俳優たちが演じるなど、贅沢なキャスティングも楽しいが、第二章に至ってはマ・ドンソクまでが登場、嬉々として老人に憑いた屋敷神を演じてみせるのが愉快だ。弁護人と部下の前世も並行して語られていく中、ミステリ的な趣向として、両作を通じての大きな伏線回収が怒涛のように押し寄せる。韓国映画の底力ともいえるダイナミズムとケレン味を兼ね備えた大作だ。*第一章は五月二四日、第二章は六月二八日公開(★★★★)

 メラニー・ロランといえば、最近では『グランド・イリュージョン』『複製された男』『ミモザの島に消えた母』など、ミステリ映画への出演が目立つが、監督業にも余念のない才媛だ。彼女がメガホンをとった『ガルヴェストン』は、ベン・フォスター演じるケチな悪党が、医者から余命幾許もないと宣告され、半分捨て鉢でボスに命令された手荒な仕事に向かうところから始まる。実は罠なのだが、襲ってきた相手を返り討ちにした彼は、なぜかその場に囚われていた謎の女エル・ファニングを連れて、逃走する。立ち寄った彼女の実家で妹だという幼い少女を拾い、三人の逃避行が始まる。
 この人の監督作を観るのは初めてだが、スタイリッシュな自然描写の美しさと、激しい暴力描写のせめぎ合いに息を呑むロードムービーだ。ここのところ出演作が多く、その役柄の幅広さにも驚かされるファニング姉妹の妹も、大人と子どもの中間点に立つ女性という難しい役どころを好演している。原作はポケミスに入っている「逃亡のガルベストン」で、作者のニック・ピゾラットは当初脚本担当も兼ねて名を連ねていたが、監督と揉めて降板。脚本ジム・ハメットとクレジットされているが、なるほど、ハメットはともかくとして、映画の中からノワールの神ことシム・トンプソンの魂は確かに伝わってくる。*五月一七日公開(★★★2/1)

 アーサー・ミラーの戯曲へのオマージュ色が先に立った前作『セールスマン』から二年。アスガー・ファルハディーの『誰もがそれを知っている』は、得意のミステリ的な手法が駆使された新作だ。スペインの田舎町で葡萄の農園を営む一家の次女が結婚することになり、南米から花嫁の姉ペネロペ・クルスも娘とともに帰省していた。しかし結婚式の晩に謎の停電が起き、その隙に娘が誘拐されてしまう。警察に知らせたら娘を殺すという脅迫メールが届き、かつて一家の使用人で、母親の恋人だったこともあるハビエル・バルデムは、自分たちで犯人をつきとめようと奔走するも、時間だけが虚しく過ぎていく。焦燥がつのる中、やっとのこと父親のリカルド・ダリンも駆けつけるが、身代金の調達に頭を抱える一同の信頼関係は、疑惑や鬱憤によりひびが入り始める。
 囚われた娘には呼吸器の疾患があって、薬が切れると命にかかわるというタイムリミットの条件も加わり、誘拐ものとしての緊張感はいやでも高まっていく。被害者側が疑心暗鬼に駆られていく人間の弱さを描き、陽気で穏やかな南欧の日常に忍び寄る貧困の深刻さを浮き彫りにするところは、この監督の人間観察と社会派としての目線の鋭さを見てとれる。誘拐事件だけでなく、人間関係の綻びから意外な事実が浮かび上がるという見応えある二重のミステリ仕立てが、幕が降りたあとの余韻をより濃密なものにしている。*六月一日公開(★★★★)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。