日々是映画日和(61)
三橋曉
映画の世界では、猫も杓子も飛び出すご時勢だが、まさか〈華麗なるギャツビー〉までがその仲間入りするとは思わなかった。しかし、意外にもしっくりと仕上がっていたのは、背景の一九二○年代のお洒落なファッションや風俗が3Dとマッチしていたからかもしれない。人間ドラマを描くことにこの手法で挑んだバズ・ラーマン監督のチャレンジ精神には、大いに敬意を表したい。因みに、これって立派なミステリ映画ですよ。
さて、今月の1・2・フィニッシュは、またも韓国勢だ。復讐譚を見事なミステリ映画に仕立てた〈オールド・ボーイ〉のパク・チャヌク監督のハリウッド第一作が〈イノセント・ガーデン〉である。急死した父と入れ替わるように、長い間行方不明だった叔父のマシュー・グードが帰ってきた。ニコール・キッドマンとミア・ワシコウスカのどこか噛み合わない母娘の間に言葉巧みに入り込んだ彼は、それぞれとの間に奇妙な信頼関係を築いていく。しかし、やがて周囲で不穏な事件が連続する。
思春期の妄想を見せられるような、十代少女の現実とも幻想ともつかないもやもやした日常が続いて、観客のイライラも頂点に達する中盤、一転してスリリングな展開が切って落とされる。丁寧に張りめぐらされた伏線が次々浮かび上がり、一気に引き込まれる。〈ジェーン・エア〉で「おや?」と思い、〈欲望のバージニア〉で「ほお!」と唸らされた豪州出身のミア・ワシコウスカが一気に花開いた印象で、螺旋のような連弾曲を弾く叔父とのピアノのシーンは、そのエロチシズムに息を呑む。よく出来たミステリは再読にこそ愉しみがあるが、それはミステリ映画にもあてはまる。観終えた途端、冒頭に取って返したくなること必定の一本だ。(★★★★)
一方、チョン・ビョンギル監督の〈殺人の告白〉は、ツイストやどんでん返しをたっぷりと効かせた、徹頭徹尾ミステリに淫した作品だ。いかがわしさをぷんぷん臭わせる(褒め言葉です)面白さで、ウォン・シニョンの〈セブンデイズ〉を思い出した。連続殺人事件の公訴時効から二年、自分が犯人だったという人物が、記者会見を開いたうえに、事件を題材にした本も出版するという事態が世間を騒然とさせる。そんな中、犯人を名乗るパク・シフは、当時あと一歩まで犯人を追いつめた刑事のチョン・ジェヨンを挑発するかのように訪問する。事件の被害者家族らは、パクの誘拐未遂事件を起こすが、本人は笑顔を浮かべ、彼らを訴える気はないと語る。彼が真犯人を名乗り出た目的とは何か?
オープニングの刑事と真犯人による雨中の追いかけっこシーンが素晴らしい。わずか五分足らずだと思うが、この息を呑むシークエンスを眺めるだけでも、観る価値は十分ある。不満点としては、刑事の過去を暗示するカットバックの映像をもっと効果的に使ってほしかったが、最後の最後まで観客を飽かさない点は大いに評価できる。それにしても、終始不敵な笑顔を浮かべるパク・シフの存在感は見事。本作が成功した理由は、美形の彼をキャスティングできたことが大きいと思う。(★★★1/2)
ブラジル出身のエイトール・ダリア監督の〈ファインド・アウト〉は、〈TIME/タイム〉や〈レ・ミゼラブル〉で見せたアマンダ・セイフライドの鮮烈な目ぢからに再び出会うことができる。ポートランドの広大な森林公園を歩き回るアマンダは、どこかにあるに違いない穴を探していた。一年前、家に押し入った謎の人物に誘拐された彼女は、森の奥と思しき深い穴に監禁された。命からがら逃げ出したが、警察は事件を彼女の妄想と片付け、犯人は野放し状態だった。そんなある日、夜勤の仕事から帰ると、妹が姿を消していた。拉致事件のトラウマを引きずるヒロインが、なりふり構わず妹の行方を追う展開が痛快。彼女の暴走ぶりと、警察の冷たい対応のバランスが、この手の映画のパターンどおりでないところがいい。ただ、レッドヘリングの怪しさを強調するあまり、真犯人の影が薄くなってしまったのは、やや策に溺れた印象もあり。(★★1/2)
デビュー作が〈刑事ジョン・ブック/目撃〉(1985)だったというから、すでにベテランの域にあるヴィゴ・モーテンセンだけど、女性監督アナ・ピターバーグの〈偽りの人生〉は、彼が幼い頃を過したアルゼンチンを舞台にした一卵性双生児の兄弟をめぐる作品で、瓜二つの兄と、それに成り代わる弟のふた役を演じている。
ブエノスアイレスに暮らす主人公は、医師の仕事や妻との不自由ない暮らしに飽き足らず、訪ねてきた兄を殺してしまったことから、彼に成りすまして故郷で新たな人生をスタートする。しかし、忽ち腐れ縁のダニエル・ファネゴの誘拐ビジネスに巻き込まれ、兄の恋人ソフィア・ガラ・カスティリオーネを連れて逃げようとするが。別の人生を手に入れたいという願望にしても、妻を切り捨てる思い切りの良さにしても、いまひとつ主人公に共感出来ないし、兄へのなりすましにもやや無理があるように感じてしまう。舞台となるデルタ地帯は実に魅力的に描かれているのだが。(★★1/2)
時ならぬ〈テッド〉ブームのおかげとは、やや穿ち過ぎかもしれないが、あのテディベアの持ち主マーク・ウォールバーグ主演の犯罪映画が公開された。〈ハード・ラッシュ〉は、アイスランドから登場したバルタザール・コルマウクル監督の作品だ。一旦は運び屋稼業から足を洗ったが、ワルに憧れる義弟のケイレブ・ランドリー・ジョーンズがコカインの密売業者から背負わされた借金のため、主人公は相棒のベン・フォスターと組んで一攫千金の大勝負に出る。大型貨物船に乗り込んだ彼は、取引のためにパナマへと向かうが。
シンジケートを向こうにまわしての立ち回りなど、派手なアクションシーンもあるが、問題は、いかに観客を引っかけてみせるかだろう。痛快な幕切れなど、評価できる点もあるのだが、残念ながらいささか冗長で、複雑なプロットをシンプルに見せる切れ味に乏しい。(★★1/2)
※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。