日々是映画日和

日々是映画日和(134)――ミステリ映画時評

三橋曉

 毎年、猛暑の季節になると反芻してしまうのが、冷房効き過ぎの池袋日勝地下で立見した『悪魔のいけにえ』の記憶だ。既に半世紀近く昔だが、ホラー映画への耐性には自信があったのに、胸が悪くなり途中で外の空気が吸いたくなった(結局堪えたが、その後のランチはパス)。だが、とち狂った一家に怯む一方、何が潜んでいるかわからないアメリカの広さにも慄然とした。同作のテキサスに対し、舞台はカナダに近いノースダコタだが、同じ思いを抱いたのが今回の一作目だ。

 牧場を経営する元保安官ケビン・コスナーと妻ダイアン・レインは、落馬事故で一人息子を失った。三年後、老夫妻は孫を連れ再婚した嫁ケイリー・カーターを祝福したが、ほどなく彼女ら一家は何も告げぬまま姿を消してしまう。直前に再婚相手のウィル・ブリテンが元嫁と孫に手をあげる場面を目撃してしまった妻は、夫の静止に耳を貸さず、引越し先の田舎町を突きとめると、二人を連れ戻しに向かう。そこで彼らは、恐るべき一家と対峙することに。
『すべてが変わった日』は、謳い文句のサイコスリラーとはやや違うが、地域に根を降ろす得体の知れないファミリー相手に、孫と元嫁を奪還せんとする老夫婦の命がけの戦いをサスペンスフルに描いていく。不覚にも一瞬メリル・ストリープと見間違ったが、息子たちを率いクレイジーな女家長を演じるレスリー・マンヴィルの存在感が圧巻。時代は、ベトナムへの介入やアポロの月面探索が進められていた一九六〇年代だが、本作や『悪魔のいけにえ』が捉えたローカルの混沌とした闇が、あの国のどこかに今も存在するかもという〝もしかしたら〟で、怖さは倍加する。(★★★)

 深刻な金融危機に見舞われた今世紀初頭のアルゼンチンが舞台。『明日に向かって笑え!』の主人公のリカルド・ダリンは、代表選手にも選ばれた元サッカー選手だが、穏やかに暮らす田舎町で妻のベロニカ・ジナスと農業協同組合を作ることを思いたつ。さっそく友人のルイス・ブランドーニと資金調達に走るが、融資を請うた隣町の銀行で支店長に騙され、資金全額を悪徳弁護士アンドレス・パラに掠め取られてしまう。さらに銀行からの帰り道、交通事故で妻を失う悲劇が彼を襲う。
 コンゲームは、直接的には信用詐欺の意味だが、主人公らが悪党に巻き上げられた現金を取り戻そうとする中盤以降には、騙しの手口が駆使され、ジェフリー・アーチャーの某作品を思わせる楽しさがある。監督のセバスティアン・ボレンステインと共同で脚本を担当しているエドゥアルド・サチェリは、『瞳の奥の秘密』の原作・脚本の執筆者で、本作の原作短編も彼のもののようだ。主人公一家の絆の深さや、運送業者の女社長リタ・コルテセと息子の親子の確執など、人間模様を巧みに織り込んで家族を描く匙加減も悪くない。(★★★1/2)


 贔屓の小説の映画化には、複雑な思いに駆られることも多いが、佐藤正午の原作をタカハタ秀太が映画化した『鳩の撃退法』には、大いに感心させられた。というのも、原作の複雑極まりないメタフィクショナルな世界を、わずか一一九分というランニングタイムに濃縮して見せるからだ。
 作家の藤原竜也は、深夜、珈琲店で読書する風間俊介に声を掛ける。相手のあれこれを言い当てた作家は、読みかけの「ピーターパン」を貸す約束をして別れるが、男は家族とともに行方不明となってしまう。一方作家は、急逝した馴染みの古書店主ミッキー・カーチスから三千万を越える一万円札の入ったトランクを託される。しかし理髪店で使った一枚が実は偽札で、町を仕切る裏社会のドン豊川悦司に目を付けられることに。
 先の読めない混沌とした展開がやがて飽和点に達すると、深い霧が一気に晴れるように、物語の全体像が浮上する快感が堪らない。編集者役の土屋太鳳と主人公の対話を前面に出し、原作の後半で詳らかになる仕掛けを冒頭から隠そうともしない大胆さが、見事奏功している。ネタバレ回避のため詳しく触れられないのがもどかしいが、原作を魅力をそのままに、シンプルかつ鮮やかに再構築してみせた脚本の妙技を買いたい。*八月二七日公開(★★★★)

 コッポラ・ファミリーの末葉(フランシスの孫)ジア・コッポラ監督の『メインストリーム』は、動画共有サイトのインフルエンサーが社会の主役となりうる昨今の時流を踏まえている。ロサンゼルスに暮らすマヤ・ホープは、バーで働きながら日々動画サイトへの投稿に余念がない。ある時、偶々見かけた青年アンドリュー・ガーフィールドに、不思議な魅力を見出す。同僚で作家志望のナット・ウルフを誘い製作チームを結成すると、彼らの動画再生数は鰻昇り。青年のカリスマ性が世間の注目を集めるが、やがてそれが予期せぬ暴走を始める。
 都会の片隅で出会い、成功の階段を駆け上がる三人の男女を描いた青春映画だが、徐々に謎めいた青年の不気味な人間像が明らかになっていく。中盤から現代のトリックスターをめぐるサイコロジカルスリラーの様相を呈していく中、そこにネット社会への痛烈な文明批判が重なる。暗く厭な話といえなくもないのに、アンドリュー・ガーフィールドの怪演と、ポップな画面構成の楽しさが、それを中和して余りあるのがいい。*一〇月八日公開(★★★1/2)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済み。