ミステリ演劇鑑賞録

第一回 挨拶代わりに

千澤のり子

 二〇一九年、ピュアマリー公演『エラリー・クイーン ミステリーオムニバス~観客への挑戦』(二〇一九年四月十一日~四月十四日 こくみん共済coop ホール(全労済ホール)/スペース・ゼロ)を観た。内容はエラリー・クイーン「13ボックス殺人事件」(短編「人間が犬をかむ」のラジオドラマ版)と「カインの一族の冒険」(原作名は「カインの烙印」)の二部構成で、観客参加の犯人当て付き。脚本は保坂磨理子、演出は鈴木孝宏がつとめている。飯城勇三と町田暁雄が監修に加わり、シンプルながらも伏線提示が巧妙で、正解者も不正解者も納得のいく二幕であった。
 さほど期間をおかず、~Alternative Project~THE 座の第二回公演として、アガサ・クリスティー原作、須貝英演出『そして誰もいなくなった』(二〇一九年五月十六日~五月十九日 高円寺アトリエファンファーレ)の小説版と戯曲版が上演された。クライマックス直前、真っ暗な広間に雷鳴が響き、死者たちが浮かび上がる演出が、臨場感を増す相乗効果ともなっていた。結末の異なる戯曲版を、小説ファンはどう捉えたのだろう。
 これらのミステリ観劇がきっかけで、自分の所属する探偵小説研究会編『本格ミステリ・ベスト10』(原書房)を振り返った。他メディアの映像、漫画、ゲームは、年間の本格ミステリ作品としてまとめられている。だが、演劇の記事は、半ページのコラムですらない。本数が足りないわけではないはずだ。
 対象期間の前年十一月から十月まで、この年は十一月新派特別公演『犬神家の一族』(二〇一八年十一月一日~十日 大阪松竹座、十一月十四日~二十五日 新橋演舞場)も鑑賞していた。言わずとしれた横溝正史原作が、齋藤雅文の脚色・演出により中盤から倒叙形式に改編された。犯人役がひときわ目立ち、ミステリにおける真の主役は犯人であると実感した。
 企画が通ったので、二〇二〇年度から本格的に私のミステリ観劇が始まった。地方公演のみの作品までは足を運べないが、東京の公演だけでも、かなりの数がある。本格ミステリのみに絞ろうとしても、実際に観ないと判断がつかない作品も多い。あちこちに協力をお願いし、情報を早く取り入れ、日程を調整するだけでも大変な作業だが、何より懐が痛い。おまけにコロナ禍である。感染の恐怖に加え、外出自粛中であっても劇場に足を運ぶ後ろめたさも募った。
 ただ、演劇は、エンターテイメントのなかでも、あとから振り返ることが難しい分野である。円盤や配信コンテンツ「観劇三昧」で過去作の視聴は可能だが、ごく一部の作品にすぎない。誰かがリアルタイムの目撃者となり、記録として残すべきだ。
 謎の使命感が生じ、『本格ミステリベスト10』では書ききれない感想をツイッター経由で全世界に向けて発信していたところ、三橋曉氏が理事の西上心太氏に掛け合ってくださり、会報で連載する運びとなった。私の小さな叫びを拾い上げていただき、両氏には心より感謝を申し上げる。