日々是映画日和(157)――ミステリ映画時評
自作を映画化に託す作家の気持ちを慮ると、思い浮かぶのが地獄の入り口に刻まれているという「この門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ」の碑文だ。わが子も同然の作品をいじくりまわされた挙句に、改悪された日には、たまったものではないだろう。しかし、その改変が吉と出ることもある。原作も映画も素晴らしいというケースがそれで、つまり読者(そして観客)の側から言えば、一粒で二度美味しいというやつだ。今月もそんな一作から始めたい。
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』は、黒川博行の「勁草」を原作としている。オレオレ詐欺のグループで〝受け子〟を仕切る主人公を中心に、犯罪集団の暗躍とその内幕、さらには捜査当局とのせめぎ合いを描いた作品だが、映画ではさまざまな翻案がなされている。その大きな一つが、主人公を女性としたことだろう。
最後のゴーサインを出すその役目から〝三塁コーチ〟と呼ばれるネリ(安藤サクラ)は、〝名簿屋〟の高城(生瀬勝久)の差配で詐欺の受渡現場を仕切り、社会の底辺で逞しく生きる半端ものたちの頼りになる姉御役だった。しかしある時、彼女を慕うジョー(山田涼介)が、賭博で大きな借金を背負わされてしまう。一方、彼らグループを、日野(江口のりこ)率いる大阪府警特捜班が追っていた。やけになり暴走する弟分の尻拭いと狭まる捜査網で、ネリは窮地に立たされていくが。
現金の受渡しをめぐる長いシークエンスに、冒頭から息を呑む。得体の知れない世界への入り口として、緊張感あふれる絶妙のイントロだ。特殊詐欺グループの内情がヒロインを通して浮かび上がり、やがて彼らに縄をかけようとする府警の水面下の作戦も詳かになっていく。
原作にはない重要な要素として、家族のテーマがある。だが本作における家族は疑似家族で、血よりも濃い人間関係が細やかに描かれていく。善良なお年寄りを食い物にする悪い奴らなのに、つい犯人グループにも肩入れしてしまうのは、彼らもまた国家や社会の日陰に追いやられた弱者であるからだろう。
世の中の動きと呼応する犯罪小説の現在進行形である原作に対し、映画は別の形で日本社会の暗部をえぐってみせる。昨年の『ヘルドッグス』に続き、原田眞人監督の演出は冴えまくっているが、前作とは役柄を変え、捜査一課のまじめな刑事役を演じる吉原光夫がいい。原田監督の犯罪映画路線が続くなら、欠かせない一人となりそうだ。(★★★★)*9月29日公開
ロバート・ロドリゲスが二十年間温めていた企画を映画化したのが『ドミノ』だ。主人公のダニー(ベン・アフレック)は、ふと我に帰ると、目の前に女性カウンセラーがいた。刑事の彼は、誘拐事件に巻き込まれた娘が行方不明となり、そのトラウマに苦しんでいたのだ。しかし仕事は待ってくれない。通報を受け銀行強盗の現場に駆けつけると、貸金庫に覚えのない人名が書かれた娘の写真を見つける。しかし犯人と思しき謎の男(ウィリアム・フィクナー)は周囲に暗示をかけ、まんまと逃走してしまう。
強盗未遂と娘の事件の繋がりに気付いたダニーは、霊媒師のダイアナ(アリシー・ブラガ)から、人の心を操る不思議な力について知らされる。実は彼も能力者の一人で、その血を引くダニーの娘は、謎の研究機関に連れ去られたのだという。ダイアナの手引きで、ダニーは娘の奪還に乗り出していくが。
大作にも、B級映画にもなりそうなアイデアだが、敢えて大袈裟にせず、かといって安っぽくもない作りで、90分ほどのコンパクトな長さにまとめ、成功している。この監督らしい大仕掛けもあるが、練られた脚本に無理はない。ちなみに映画館で鑑賞の際は、館内が暗いうちは席を立たぬ方がいい。
原題 Hypnotic は催眠状態を意味する。日本ではなじみの薄い言葉だが、トニー・スコットやデ・パルマ作品にも先例がある邦題は少し考えてほしかった。(★★★1/2)*10月27日公開
タイトルの『ハント』だが、原題のNが反転して鏡文字になっているのには、深い意味がある。Nはもちろん、北朝鮮(North Korea)のNである。
一九八〇年代初頭、大統領に就任した全斗煥は、KCIAを国家安全企画部として再編、その海外チームはキム次長(チョン・ウソン)が、国内チームはパク次長(イ・ジョンジェ)がそれぞれ率いていた。二人には因縁があり、その溝は深まる一方だったが、部内にトンニムという暗号名のモグラが潜入しているという疑惑が浮上し、その炙り出しが急務となる。
特殊作戦の失敗や亡命案件が惨憺たる結果を招くなど、組織が大きく揺れる中、スパイはその尻尾を掴ませる隙も見せない。互いを疑う両次長には、実はそれぞれに弱味があった。しかしそんな二人の前途が、思いもかけなかった形で交わる。
案外と容貌が似ている主演の二人だが、軍人あがりのキムと、諜報畑の叩き上げであるパクの描き分けが絶妙だ。陰と陽、動と静、善と悪など、局面が変わるたびにそれぞれの表と裏の顔が入れ替わり、二人の相剋の関係を炙り出していく。
もぐら狩りを通し、疑心暗鬼に陥った組織を描き、緊張感は終始途切れない。そんな中、十人が十通りの葛藤を抱きつつも、同じ半島に暮らす人々の願いは一つであることに、改めて思いが至る。監督・脚本も兼ねるイ・ジョンジェを祝福するかのようなカメオ出演の顔ぶれも、豪華で楽しい(★★★★)*9月29日公開
※★は最高が四つ
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』は、黒川博行の「勁草」を原作としている。オレオレ詐欺のグループで〝受け子〟を仕切る主人公を中心に、犯罪集団の暗躍とその内幕、さらには捜査当局とのせめぎ合いを描いた作品だが、映画ではさまざまな翻案がなされている。その大きな一つが、主人公を女性としたことだろう。
最後のゴーサインを出すその役目から〝三塁コーチ〟と呼ばれるネリ(安藤サクラ)は、〝名簿屋〟の高城(生瀬勝久)の差配で詐欺の受渡現場を仕切り、社会の底辺で逞しく生きる半端ものたちの頼りになる姉御役だった。しかしある時、彼女を慕うジョー(山田涼介)が、賭博で大きな借金を背負わされてしまう。一方、彼らグループを、日野(江口のりこ)率いる大阪府警特捜班が追っていた。やけになり暴走する弟分の尻拭いと狭まる捜査網で、ネリは窮地に立たされていくが。
現金の受渡しをめぐる長いシークエンスに、冒頭から息を呑む。得体の知れない世界への入り口として、緊張感あふれる絶妙のイントロだ。特殊詐欺グループの内情がヒロインを通して浮かび上がり、やがて彼らに縄をかけようとする府警の水面下の作戦も詳かになっていく。
原作にはない重要な要素として、家族のテーマがある。だが本作における家族は疑似家族で、血よりも濃い人間関係が細やかに描かれていく。善良なお年寄りを食い物にする悪い奴らなのに、つい犯人グループにも肩入れしてしまうのは、彼らもまた国家や社会の日陰に追いやられた弱者であるからだろう。
世の中の動きと呼応する犯罪小説の現在進行形である原作に対し、映画は別の形で日本社会の暗部をえぐってみせる。昨年の『ヘルドッグス』に続き、原田眞人監督の演出は冴えまくっているが、前作とは役柄を変え、捜査一課のまじめな刑事役を演じる吉原光夫がいい。原田監督の犯罪映画路線が続くなら、欠かせない一人となりそうだ。(★★★★)*9月29日公開
ロバート・ロドリゲスが二十年間温めていた企画を映画化したのが『ドミノ』だ。主人公のダニー(ベン・アフレック)は、ふと我に帰ると、目の前に女性カウンセラーがいた。刑事の彼は、誘拐事件に巻き込まれた娘が行方不明となり、そのトラウマに苦しんでいたのだ。しかし仕事は待ってくれない。通報を受け銀行強盗の現場に駆けつけると、貸金庫に覚えのない人名が書かれた娘の写真を見つける。しかし犯人と思しき謎の男(ウィリアム・フィクナー)は周囲に暗示をかけ、まんまと逃走してしまう。
強盗未遂と娘の事件の繋がりに気付いたダニーは、霊媒師のダイアナ(アリシー・ブラガ)から、人の心を操る不思議な力について知らされる。実は彼も能力者の一人で、その血を引くダニーの娘は、謎の研究機関に連れ去られたのだという。ダイアナの手引きで、ダニーは娘の奪還に乗り出していくが。
大作にも、B級映画にもなりそうなアイデアだが、敢えて大袈裟にせず、かといって安っぽくもない作りで、90分ほどのコンパクトな長さにまとめ、成功している。この監督らしい大仕掛けもあるが、練られた脚本に無理はない。ちなみに映画館で鑑賞の際は、館内が暗いうちは席を立たぬ方がいい。
原題 Hypnotic は催眠状態を意味する。日本ではなじみの薄い言葉だが、トニー・スコットやデ・パルマ作品にも先例がある邦題は少し考えてほしかった。(★★★1/2)*10月27日公開
タイトルの『ハント』だが、原題のNが反転して鏡文字になっているのには、深い意味がある。Nはもちろん、北朝鮮(North Korea)のNである。
一九八〇年代初頭、大統領に就任した全斗煥は、KCIAを国家安全企画部として再編、その海外チームはキム次長(チョン・ウソン)が、国内チームはパク次長(イ・ジョンジェ)がそれぞれ率いていた。二人には因縁があり、その溝は深まる一方だったが、部内にトンニムという暗号名のモグラが潜入しているという疑惑が浮上し、その炙り出しが急務となる。
特殊作戦の失敗や亡命案件が惨憺たる結果を招くなど、組織が大きく揺れる中、スパイはその尻尾を掴ませる隙も見せない。互いを疑う両次長には、実はそれぞれに弱味があった。しかしそんな二人の前途が、思いもかけなかった形で交わる。
案外と容貌が似ている主演の二人だが、軍人あがりのキムと、諜報畑の叩き上げであるパクの描き分けが絶妙だ。陰と陽、動と静、善と悪など、局面が変わるたびにそれぞれの表と裏の顔が入れ替わり、二人の相剋の関係を炙り出していく。
もぐら狩りを通し、疑心暗鬼に陥った組織を描き、緊張感は終始途切れない。そんな中、十人が十通りの葛藤を抱きつつも、同じ半島に暮らす人々の願いは一つであることに、改めて思いが至る。監督・脚本も兼ねるイ・ジョンジェを祝福するかのようなカメオ出演の顔ぶれも、豪華で楽しい(★★★★)*9月29日公開
※★は最高が四つ