入会のご挨拶
始めまして。池田久輝と申します。
この度、第五回角川春樹小説賞受賞を機に、今野敏先生ご推薦のもと、日本推理作家協会に入会させて頂くこととなりました。よろしくお願い致します。
今、こうして紹介文を書きながらも、どうにも椅子の上でそわそわしているというか、辺りをきょろきょろ見回しているというか、作家という言葉に慣れない自分がいます。
実は私の読書体験は遅く、高校二年生の頃でした。それまでは大の本嫌いで、夏休みに出される読書感想文の宿題が何より苦手な学生だったのです。あらすじや解説から適当な部分を抜き出し、書き写し、それでも読んだような気になって提出するような普通の学生でした。
それがある時、がらり状況が一転。
友人から、とある一冊の本を薦められました。
「これ、面白いで」
──推理小説でした。
友人は続けて、「ミステリ」について熱心に語っていました。その内容はもう忘れてしまいましたが、いえ、そもそも、その話自体、耳に入って来なかったのかもしれません、手渡された本をめくった瞬間、私の目はぴたりと動きを止めていたのです。
──え、小説って、こんなに白いの?
それまで、私の中で小説といえば、小さい文字で紙面が埋め尽くされた文豪たちの作品だけしか存在していませんでした。びっしりと並んだ黒。たくさんの文字が今にも動き出すのではないかと恐れさせるような黒い紙面──。
あまりの驚きように、声に出していたらしい。友人は「お前、何を言うてんの?」と首を捻っていました。
「いや、だから、小説ってこんなに改行してもええんか? 見ろよ、ここなんてたったの二文字『はい』だけで改行やん?」
「当たり前やろ。そこは会話文なんやから」
「そういうことやない。白いやん!」
「はあ?」
「だから、小説って、もっとこう黒い印象が──」
こんな会話を交わしたくらい、私は小説というものを知らなかったのです。
眉間に皺を寄せ、何とも言えない表情で私を見つめていた友人。その顔だけは今もはっきりと覚えています。
そうして、残りの高校生活は友人とのミステリ談義で過ぎて行きました。けれど、いつしか友人は別の事へと関心が移って行く。反対に、私はどんどん加熱して行く。薦めた本人よりも、薦められた側がより熱狂してしまうという典型的なパターンでした。
しかし、しかしです。
どうやら、その私の熱はかなりの勢いだったようで──。
私はいつの間にか、一読者から、その向こう側へと足を踏み入れていました。作り手側の方へと。
大学に入ると舞台に関わり始め、やがては小劇団を主宰し、脚本を担当するまでになっていました。一九九九年に結成した「朗読ユニット グラス・マーケッツ」は、二〇一四年の現在も継続して京都で活動しています。
そして、二〇一三年には、第五回角川春樹小説賞を受賞して作家デビューへ。
高校二年生の時、ぽっと灯らされた火は、友人だけでなく、自身も信じられないほどに確固たる意志を持って成長し続けたようです。あの火がこれほど長く燃え続けるとは──本当に不思議でなりません。しかし、まだまだこの火に薪をくべたい。一本ずつ丁寧に、場所とタイミングを見計らいながら──それこそ、物語を紡ぐように。
大きく火柱が立つのもいい。小さな火が小刻みに揺れ動くのもいい。あるいは、ただそこに火があるというだけでもいい。
それらを自分なりにちゃんと描きたい。描ける作家であり続けた──今はただ、強くそう思っています。