健さんのミステリアス・イベント体験記 第41回
韓流の心理サスペンスミュージカルに括目
『ブラックメリーポピンズ』
世田谷パブリックシアター
2014年7月5日~7月20日
ミステリ研究家 松坂健
ミュージカルといえば、どうしても華麗な恋のドラマとなりそうだが、血なまぐさいスリラーに甘美な楽曲をつけてミュージカルに仕立てたものが意外に多い。かつて、このコラムでも紹介した合作ペンネーム、パトリック・クェンティンの片割れ、ヒュー・C・ホイーラーが台本を書いた『スウィニー・トッド』などその最たるものだが、これまでにもホームズものの『ベイカー街』、ディケンズ未完の長編を原作にした『ドルード』とか、またこのコラム36回で紹介したウイリアム・ゴールドマンの『殺しの接吻』などがある。怖ろしい物語と甘い旋律の組み合わせが、異化作用の面白さを現出させるのである。
そんなスリラーミュージカルにまた、ひとつ新たな演目が加わった。
『ブラックメリーポピンズ』がそれ。
メリー・ポピンズはもちろんトラヴァース夫人の児童文学の名作でミュージカル化され、ディズニーで映画にもなったものというのはご承知のことだろう。
ロンドンの隅に生きる家庭に、蝙蝠傘を膨らませながら降りてきた家庭教師が引き起こす物語だが、その“ブラック版”である。
ドイツの著名な心理学者の邸宅には、男の子3人、女子1人、計4人の孤児が預けられていた。実の兄弟よりも仲良く暮らしているなかに、メリーと名乗る家庭教師が現れる。
聡明で優しいメリーに子供たちは夢中になるが、ある夜、邸宅に火事が発生する。その中で父親代わりの博士は焼死。だが、子供たちはメリーの獅子奮迅の努力もあって、救出される。しかし、彼ら4人のその日の記憶はすべて失われ、メリーも失踪する。その日、いったい何があったか。
舞台は12年後、再会を果たした4人が記憶をまさぐり始めるところから始まる。
ちょっと、マーガレット・ミラーの作品を思わせる。
とまあ、こういう物語のアウトラインでミステリを読みなれたわたしたちには、それほど新味がなくても、普通のミュージカルとしては新鮮に受け止められているのではないか。
この4人の中で紅一点を演じているのが、2012年に退団した宝塚歌劇団、雪組の元トップ、音月桂さん。男役としてヅカファンを沸かせた人だが、ここでは気は強くても、実は脆い兄弟たちのアイドル的存在を上手に表現している。
黒衣のメリー・ポピンズを演じるのが、これまた宝塚OGの一路真輝さん。そんなことで、客席はヅカファンらしき女性でいっぱい。従って、楽曲的な安定感は抜群だ。
ということだが、このミュージカルでもうひとつ着眼しなければいけないのは、これが韓国発ということなのだ。
作者はソ・ユンミさんという1979年生まれ、現在35歳の才媛。『青髭』なる作品で韓国政府の韓国コンテンツ振興院一人創造企業に選出されたのが、この世界に進出したきっかけ。
以後、社会問題を背景にした割に硬派のミュージカルに取り組んでいる。本作品では脚本・作詞・音楽までこなすマルチな才能の持ち主だ。
僕は見逃しているのだが、今年1月には『シャーロック・ホームズ~アンダーソン家の秘密~』というホームズもののミュージカルが上演されている。「ワトスンは女だった」という設定で、ここでも一路真輝さんが主演している。
ことほどさように韓国では多様な試みがなされている。演出にあたった鈴木裕美さん(自転車キンクリート出身)がパンフに寄せた文章によると、ミュージカルの本場、ブロードウェイのプロデューサーにも韓国からの売込みが多いらしい。日本からはいっこうに売り込みがないが、いったいどうしたんだ? と訝しがられるというのである。
韓流の好き嫌いにかかわらず、韓国がここまでエンターテインメントの輸出に熱心なのは、我が国も見習わなければいけないことだろう。日本初のミュージカルなんて聞いたことないものね。このままでは、この世界もガラパゴス化だ。
ここはひとつ世界的に知名度のある名探偵コナンをミュージカルにするとか、なにか考えてもらいたいところだ。