正体不明です、どうぞよろしく
植草昌美
このたび、新保博久さん、三橋曉さんにご推薦いただき入会いたしました、植草昌美と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
熱心なホラーの読者の方は、もしかしたら、季刊誌《ナイトランド》で、私の名をご記憶かもしれません。昨春にエドワード・リプセットさん、朝松健さんと創刊した、このホラー&ダークファンタジー専門誌で、編集と営業を共に担当しつつ、コラムの執筆や小説の翻訳などもしております。おかげさまで創刊から一年を越え、目下は第6号の編集中ですが、ごく小規模の出版なだけに、ここから収入が得られるのは先のこと、まずは存続させることが最優先。目下は販路を模索し、年間購読者を募っております(皆様、この機にぜひ、ご購読のご検討を)。
とはいえ、フリーランスになって二年足らず、まずは生計を立てねばと、《ミステリマガジン》などでも翻訳をしつつ、あるときは編集者、またあるときは工事現場の警備員と、仕事といでたちを変えて各地に出没しております。
この五月初旬、会社員時代をはさんで約十五年ぶりの訳書、ジョン・コリアの傑作集『予期せぬ結末1 ミッドナイト・ブルー』(扶桑社ミステリー)が発売されました。編集者さんとの談たまたま。懐かしき「ヒッチコック劇場」や「ミステリーゾーン」、下ってはダールの「予期せぬ出来事」の楽しさを再現するような本を、という提案をきっかけに動きだしたこの企画は、井上雅彦さん編のいわば“異色作家文庫”。大先輩の名訳を集めたなかに、同じように井上さんの紹介文つきで、拙訳をまじえていただいたわけですが、収録作品はほとんどが、雑誌掲載のまま埋もれた作品や本邦初訳作なので、初心者からマニアまでお楽しみいただけることと信じております。ただいま第二弾を準備しつつ、続巻を企画中。ご期待いただければ幸いです。
この『予期せぬ結末』シリーズが少しでも売れてくれれば、妻にも家族にも安心してもらえそうだ、とは思うものの、その家族というのが、リクガメを筆頭にニシキヘビ、アオジタトカゲ、ヒョウモントカゲモドキといった爬虫類、アンデス山脈に生息する齧歯類デグー、妻が熱中しているアマゾンやタンガニーカの大型怪魚たち。あれ、犬も猫も大好きなのに、うちにはいないぞ。いや、それは住宅事情ゆえにです。そういえば、ジョン・コリアの短篇に、妻の珍獣趣味に音を上げて、毒蛇で殺そうとたくらむ男の話がありましたね。うちも妻のほうが生きもの好きなのですが、大丈夫ですよ、ええ、大丈夫。
どうやら、どこかで楽しんでいないと生きていられないたちのようです。四十路に入ってボクシング・ジムに通いはじめ早五年。年齢制限で公式試合ができないのは承知のうえ、エアボクシング(競技形式のシャドーボクシング)や公開スパーリングの大会を目指し、週に二回は練習でジュニア選手や若いテスト生に殴られに行く。サンドバッグを叩く手で楽器でも、と、この春からウクレレの練習をはじめ、ハワイアンの名曲を弾けるよう目指す。どちらも、いつ実現することやら。いいかげん目を覚まして、書いて稼がなければいけないというのに。でも、翻訳も編集も、《異形コレクション》に収録していただいた創作も、楽しいからこそしていられるわけですし、警備員の仕事も、じつは楽しんでいるのです。
ウクレレを弾き、珍獣を飼い、ボクシング・ジムに通う警備員。実は翻訳者でホラー雑誌の編集者。こんな自己紹介をしても、聞いた人が妙な顔をするばかりでしょう。同じ妙な顔をされるのなら、こんな自己紹介をしてみましょうか。「正体不明です、どうぞよろしく」
昔の漫画に出てきた、「おれは謎の怪人だぞ」名乗りをあげる怪人みたいだな。
ともあれ、どうぞよろしくお付き合いのほどを、お願いいたします。