日々是映画日和

日々是映画日和(74)

三橋曉

 現在公開中の『パリよ、永遠に』は、第二次世界大戦の末期、降伏前にパリを破壊してしまおうとするヒトラーの企みと、それを阻止せんとする人々の攻防を、緊張感溢れる一夜のディスカッション劇に仕立てている。ルネ・クレマンの『パリは燃えているか』でおなじみの史実を元にした舞台劇が原作だが、ドイツ軍司令官ニエル・アレストリュプと中立国スウェーデンの総領事アンドレ・デュソリエの間で交わされるスリリングな駆け引きが、あの『探偵スルース』とダブる。ミステリ映画ではないが、老優たちのやりとりの丁々発止は、オリヴィエ、ケインの名演を彷彿とさせる。

 さて、ここのところ「水の墓碑銘」、「妻を殺したかった男」の映画化や、デヴィッド・フィンチャーによる『見知らぬ乗客』のリメイクの噂など、パトリシア・ハイスミスをめぐる話題が賑やかだが、『ドライヴ』で素晴らしい脚本を披露したホセイン・アミニが初めて監督する『ギリシャに消えた嘘』は「殺意の迷宮」(創元推理文庫)を原作としている。アテネでガイドとして働き、若い女性をカモにする青年オスカー・アイザックは、パルテノン宮殿で見かけた富豪の妻キルスティン・ダンストに恋心を抱く。しかし、夫のヴィゴ・モーテンセンはニューヨークではたらいた投資詐欺で逃亡中の身だった。
 ヒロインをめぐっての三角関係と、先の読めない逃避行の物語が展開していくが、そこかしこに名作『太陽がいっぱい』へのオマージュを見て取れる。六十年代のファッションが醸しだす時代の空気も濃厚で、クレタ島やイスタンブールといったロケ地のエキゾチズムともあいまって独特の雰囲気を盛り上げる。イラン出身のこの監督、入国審査の場面のじりじりするような緊張感や、迷路のような街中での追跡劇なども見事で、久々に登場したヒッチコックのフォロワーとして有望株といえそうだ。(★★★1/2)

 ウディ・アレンの新作、一九二十年代を舞台にした『マジック・イン・ムーンライト』は、ロマンチック・コメディの皮を被ったミステリ劇といっていいかもしれない。親友の頼みで、善良な金持ち一家をたぶらかそうとしているという女占い師のインチキを暴くため、南仏コート・ダジュールへと赴いた天才マジシャンのコリン・ファース。しかし、美人で人懐こい占い師のエマ・ストーンが次々に起す奇跡のような出来事に、現実主義者で猜疑心たっぷりの彼もたじたじ。ついには、彼女のスピリチュアルな力の信奉者の一人となってしまう。
 まるで、アレンが乗り移ったかのような忙しなく、饒舌なコリン・ファース、イノセントでキュートなエマ・ストーンに加え、クリスティーの世界から抜け出したようなベテランのアイリーン・アトキンスがいい味を出している。男女の内輪揉めこそないが、たっぷりと捻りの効いた展開は、スクリューボール・コメディという懐かしい言葉を思い出させる。次回作は、エマ・ストーンを再び起用してのミステリ映画となるそうで、御歳七十九の快進撃はまだまだ続くと見た。※四月十一日公開予定(★★★1/2)

 個性派の役者として、『ファーゴ』や『リンカーン弁護士』などのミステリ映画でもおなじみのウィリアム・H・メイシーが初めてメガホンをとった『君が生きた証』は、大学で起きた銃乱射事件で愛する息子を失った父親のその後の物語だ。二年後、事件のショックから立ち直れないビリー・クラダップは、妻のフェリシティ・ハフマンとも別居し、無気力な一人暮らしを送っていた。しかし、ミュージシャン志望だった息子が残したデモ音源の曲を、ふらりと立ち寄ったライブハウスで歌ったことから、音楽好きの少年アントン・イェルチンにバンドをやらないかと熱心に誘われる。
 実は、本作には巧妙な叙述トリックが使われていて、中盤で観客を襲うであろう衝撃が、ミステリ映画の興奮をもたらしている。もちろん、内包するシリアスなテーマや、主人公の再生の物語としても堂々たる仕上がりだし、素人ミュージシャンのサクセス・ストーリーの部分も面白い。しかし、六十四歳の新監督の冴えた企みが、まさに画竜点睛の効果をあげているのである。(★★★★)

 ファンタジーという原作のベクトルを、鮮やかにミステリへと転じてみせた『忘れないと誓ったぼくがいた』。主人公の村上虹郎は、ある晩、偶然に出会った早見あかりに恋心を抱く。やがて二人はデートを重ねる仲になるが、彼女の態度は今ひとつはっきりしない。そんなある時、彼女は驚くべき告白をする。自分は周囲からどんどん忘れられていく運命で、あなたもきっと忘れる、と。出会って以来の不可解な出来事に思い当たった彼は、彼女のことを写真やメモに残そうと必死になるが。
 舞台のミステリ劇を映画化した『センチメンタルヤスコ』を撮った堀江慶の作品と聞くと、このミステリタッチの脚色にも十分納得がいく。丁寧に仕掛けられた伏線が次々浮かび上がる終盤は、その持ち味が活かされているといっていいだろう。胸の張り裂けそうな幕切れに、平山瑞穂の原作をさらにつきつめたようなロマン性を見てとれる。(★★★★)

 原作は日本発のアダルト向きアニメ。それがハリウッドに飛び火し、タランティーノの肝いりもあって実写の映画化が実現した『カイト/KITE』。都市の荒廃が進む近未来。十二歳のときに両親を殺された少女が、人身売買の組織に皆殺しの復讐を挑んでいく。亡き父の同僚だったサミュエル・L・ジャクソンにより、殺人マシーンの技を仕込まれた彼女は、赤毛の娼婦になりすまして組織への潜入を図ろうとする。
 深紅のウィグがインパクトあるヒロインのサワを演じるのは、オリビア・ハッシーの実娘インディア・アイズリー。原作が十八禁だったことを考えると、意外におとなしい作りだが、終盤で一気に舞台裏を詳らかにしてみせるミステリ的な展開に息を呑む。※四月十一日公開予定(★★★)

※★は四つが満点(BOMBが最低点)。日程の特記ない作品は、すでに公開済みです。