健さんのミステリアスイベント体験記 第57回
角川映画が変えた昭和ミステリ史
「角川映画の40年展」
(東京国立近代美術館フィルムセンター展示室 7月26日~10月30日)
100巻をこえる文学全集発刊は快挙だ!
「論創ミステリ叢書第100巻刊行記念トークショー」
(東京堂書店 7月23日)
ミステリ研究家 松坂健
今から40年前というと1976年。この年が実は、日本のミステリ史の中でも重要なマイルストーン的なものではないかと考えている。
この年に起きたことといえば、出版社の角川書店が映画製作に乗り出し、横溝正史原作の『犬神家の一族』を大ヒットさせたこと。
映画会社が立ち上がる時は、ふつうは文芸大作や社会派的な映画を選びそうなものだが、角川春樹氏はあえて、横溝作品を選び、しかも無理に現代化せず、戦後の風俗を残したまま、むしろノスタルジックに作品を作った。
これが衰退を叫ばれていた日本の映画界に喝を入れる大ヒットになった。
これを奇貨として、角川春樹氏は自社の横溝作品の文庫と映像をタイアップさせ、ほとんど日本で初めてといっていい本格的なメディアミックスの手法を確立させた。
実は、角川文庫の横溝シリーズは、先立つこと1971年に開始されていた。1960年代の後半から70年代にかけて、怪奇幻想作家のミニブームのようなものがあり、国枝史郎、夢野久作、久生十蘭などの復刻が進み、1970年には横尾忠則挿画の講談社版の乱歩全集が出され、その勢いで横溝正史全集も発刊されていた。そうい状況を見て、角川春樹氏は自社の文庫の目玉に横溝を据えようと、この巨匠のもとに自ら赴いたという。松本清張、司馬遼太郎などの「国民作家」は新潮社や光文社などの専売特許だったので、手が出しにくく、それである種の苦肉の策として横溝に着眼したのだった。
角川氏の脳裏には、1968年に少年マガジンで連載された影丸譲也の劇画版『八つ墓村』のヒットもあったというが、おどろおどろしい土着的な画風の作家を選び、横溝作品に絵つきのカバーをつけて、これが10万部をこえる成績を残していた。
その経験則を生かしての映画事業第一作『犬神家の一族』だったわけだ。
その角川映画発足から40年。
今、東京・京橋のフィルムセンターで『角川映画の40年展』(7月26日~10月30日)が開催されている。
犬神家関連は映画ポスターはもちろん、湖上の逆さ足のレプリカ、金田一耕助使用トランク、帽子などが展示されている。市川崑記念室所蔵の写真アルバムなどもあって、なかなか楽しい。
横溝作品で定着したメディアミックスの歴史は、展示の第一章「大旋風」の中で、森村誠一『人間の証明』『野性の証明』高木彬光『白昼の死角』大藪春彦『蘇る金狼』『野獣死すべし』半村良『戦国自衛隊』小松左京『復活の日』といった具合に続けられた。やはり昭和ミステリ史には欠かせない出来事だったと思う。
展示はそのあとアイドル映画路線、アニメへの取組みとつづき、今、再生しようとしている角川映画の姿で締めくくられる。
それにしても、角川の文庫で正史の名作が手軽に読めるようになった功績は見逃せないと思う。この1970年代の正史ルネッサンスを高校時代、大学で味わった人たちの中から、後年、新本格派として多数の作家が誕生したのは紛れもない事実のように思う。
偶然だとは思うが、この1976年はハヤカワミステリ文庫が刊行開始された年でもある。この文庫はミステリマニアの多数が読みたくても入手できなかったディクスン・カーの作品を『火刑法廷』など続々と復刊収録し、それものちの新本格派作家誕生に寄与したのではないか。要するに、角川の正史とハヤカワミステリ文庫のカーがクロスしたのがこの年で、それゆえ特別に記憶されていいマイルストーンイヤーと認定した次第だ。
なお、会場でも販売している中川右介『角川映画1976~1986[増補版]』は2014年刊行のものに加筆したもの。その部分も読みごたえあり。もうひとつのミステリ史として貴重な文献だ。
* * *
むりやりな正史つながりだが、今も決して人気が衰えていないなあ、と分からせてくれたのが、7月23日、神保町の東京堂書店で行われた『<論創ミステリ叢書>第100巻刊行記念トークショー』の席上だった。
このイベントは第一巻の『平林初之輔探偵小説選Ⅰ』を皮切りに、明治大正、昭和初期~中期の探偵小説を掘りおこすシリーズが100巻を達成したことを記念してのもの。
トークはほとんど全巻の作家・作品解題を行った横井司さんにミステリ研究家の日下三蔵さんが問いかける形式で展開された。
100巻をこえる文学全集といえば、99巻+別巻1の『明治文學全集』(筑摩書房)だが、どうやらこの叢書はこの記録を塗りかえそうだ。快挙だと思う。スタートが2003年で13年がかり。その間、地味でほとんど忘れ去られている作家のことを調べ、読み、評価する仕事をされてきた横井さんには推理作家協会から特別賞のようなものを差し上げてもいいのじゃないかと、僕などは考える。国会図書館通い、並大抵のことじゃないと思うな。
ということで、何が正史と関係あるかと言うと、この100巻で最高の売上げが第35.36.37の『横溝正史探偵小説選Ⅰ Ⅱ Ⅲ』なのだそうである。ものによっては第3版まで出ているものもあるとか。記念すべき第100巻も正史が新聞に連載した『探偵小僧』を松野一夫の挿絵ともに復刊するもの。
角川映画で蘇った正史の世界は今も、静かに支持され続けていることになる。
この年に起きたことといえば、出版社の角川書店が映画製作に乗り出し、横溝正史原作の『犬神家の一族』を大ヒットさせたこと。
映画会社が立ち上がる時は、ふつうは文芸大作や社会派的な映画を選びそうなものだが、角川春樹氏はあえて、横溝作品を選び、しかも無理に現代化せず、戦後の風俗を残したまま、むしろノスタルジックに作品を作った。
これが衰退を叫ばれていた日本の映画界に喝を入れる大ヒットになった。
これを奇貨として、角川春樹氏は自社の横溝作品の文庫と映像をタイアップさせ、ほとんど日本で初めてといっていい本格的なメディアミックスの手法を確立させた。
実は、角川文庫の横溝シリーズは、先立つこと1971年に開始されていた。1960年代の後半から70年代にかけて、怪奇幻想作家のミニブームのようなものがあり、国枝史郎、夢野久作、久生十蘭などの復刻が進み、1970年には横尾忠則挿画の講談社版の乱歩全集が出され、その勢いで横溝正史全集も発刊されていた。そうい状況を見て、角川春樹氏は自社の文庫の目玉に横溝を据えようと、この巨匠のもとに自ら赴いたという。松本清張、司馬遼太郎などの「国民作家」は新潮社や光文社などの専売特許だったので、手が出しにくく、それである種の苦肉の策として横溝に着眼したのだった。
角川氏の脳裏には、1968年に少年マガジンで連載された影丸譲也の劇画版『八つ墓村』のヒットもあったというが、おどろおどろしい土着的な画風の作家を選び、横溝作品に絵つきのカバーをつけて、これが10万部をこえる成績を残していた。
その経験則を生かしての映画事業第一作『犬神家の一族』だったわけだ。
その角川映画発足から40年。
今、東京・京橋のフィルムセンターで『角川映画の40年展』(7月26日~10月30日)が開催されている。
犬神家関連は映画ポスターはもちろん、湖上の逆さ足のレプリカ、金田一耕助使用トランク、帽子などが展示されている。市川崑記念室所蔵の写真アルバムなどもあって、なかなか楽しい。
横溝作品で定着したメディアミックスの歴史は、展示の第一章「大旋風」の中で、森村誠一『人間の証明』『野性の証明』高木彬光『白昼の死角』大藪春彦『蘇る金狼』『野獣死すべし』半村良『戦国自衛隊』小松左京『復活の日』といった具合に続けられた。やはり昭和ミステリ史には欠かせない出来事だったと思う。
展示はそのあとアイドル映画路線、アニメへの取組みとつづき、今、再生しようとしている角川映画の姿で締めくくられる。
それにしても、角川の文庫で正史の名作が手軽に読めるようになった功績は見逃せないと思う。この1970年代の正史ルネッサンスを高校時代、大学で味わった人たちの中から、後年、新本格派として多数の作家が誕生したのは紛れもない事実のように思う。
偶然だとは思うが、この1976年はハヤカワミステリ文庫が刊行開始された年でもある。この文庫はミステリマニアの多数が読みたくても入手できなかったディクスン・カーの作品を『火刑法廷』など続々と復刊収録し、それものちの新本格派作家誕生に寄与したのではないか。要するに、角川の正史とハヤカワミステリ文庫のカーがクロスしたのがこの年で、それゆえ特別に記憶されていいマイルストーンイヤーと認定した次第だ。
なお、会場でも販売している中川右介『角川映画1976~1986[増補版]』は2014年刊行のものに加筆したもの。その部分も読みごたえあり。もうひとつのミステリ史として貴重な文献だ。
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むりやりな正史つながりだが、今も決して人気が衰えていないなあ、と分からせてくれたのが、7月23日、神保町の東京堂書店で行われた『<論創ミステリ叢書>第100巻刊行記念トークショー』の席上だった。
このイベントは第一巻の『平林初之輔探偵小説選Ⅰ』を皮切りに、明治大正、昭和初期~中期の探偵小説を掘りおこすシリーズが100巻を達成したことを記念してのもの。
トークはほとんど全巻の作家・作品解題を行った横井司さんにミステリ研究家の日下三蔵さんが問いかける形式で展開された。
100巻をこえる文学全集といえば、99巻+別巻1の『明治文學全集』(筑摩書房)だが、どうやらこの叢書はこの記録を塗りかえそうだ。快挙だと思う。スタートが2003年で13年がかり。その間、地味でほとんど忘れ去られている作家のことを調べ、読み、評価する仕事をされてきた横井さんには推理作家協会から特別賞のようなものを差し上げてもいいのじゃないかと、僕などは考える。国会図書館通い、並大抵のことじゃないと思うな。
ということで、何が正史と関係あるかと言うと、この100巻で最高の売上げが第35.36.37の『横溝正史探偵小説選Ⅰ Ⅱ Ⅲ』なのだそうである。ものによっては第3版まで出ているものもあるとか。記念すべき第100巻も正史が新聞に連載した『探偵小僧』を松野一夫の挿絵ともに復刊するもの。
角川映画で蘇った正史の世界は今も、静かに支持され続けていることになる。