新入会員紹介

入会のご挨拶に代えて

深緑野分

 不思議な話、奇々怪々な出来事、絢爛たる謎、などといった魅力あふれる事件に、日頃はそうそう出会えません。だからこそ、刺激物が好きな私は、推理小説を読むことでわくわくと胸を躍らせ、脳のニューロンが活発に動く快楽にひたるのですが――実際に作者として書いてみると、一層、面白いミステリというのはある種の奇跡的産物であるように、思えてしまいます。
 先日、こんなことがありました。風邪をひいた夫が、暗くした寝室のベッドに横たわっておりますと、なぜか天井の蛍光灯がひとりでに、点いたり消えたりするというのです。私は仕事部屋のパソコンでツイッターをやっていたため離れてましたし、寝室の蛍光灯は先日変えたばかり、接触不良特有のパチパチした明滅とも様子が違います。はて、いったい何が……?
 また、こんなことがありました。昼間、仕事部屋のクロゼットを開けて服に屑取り用の粘着ローラーをかけておりますと、居間の方からプリンタが起動する音が聞こえてきました。夫は会社に出勤中でいません。首を傾げながら居間のドアを開けてみると、プリンタが勝手に動いてコピーをとっているのです。買ったばかりのタッチパネル式の新型で、故障というには早すぎます。私は、排出口から白いままの紙がどんどん出て行くのを、ただ呆然と眺めました。
 別の日には、夫と共有している書庫で、奇妙な現象が起こりました。しっかりと閉めたはずのドアが、わずかに開いているのです。ふと気になって書庫の中を覗いてみると、地震があったわけでもないのに、文庫本が何冊が棚から落ちて、床に散らばっていました。本のタイトルは『ソフィー』『生還』『ハマースミスのうじ虫』。これは、何かのメッセージ……? 書庫の前には、ある理由から空の段ボールが積み上げてあるのですが、それがほとんど動いていないことから、居間にいる夫が出入りしたわけではなさそうです。
 他にも、席を立って戻ってくると、パソコン上に「メガベースON」という宇宙船でも動き出しそうな表示が出現していたり、カーテンが刃物で切り裂いたように割かれていたり、贈り物として頂いたばかりの時計が狂っていたりと、小さいけれど不思議な現象が、現在も起こり続けています。
 ――もちろん、これらは怪奇現象などではなく、物理的に解決できる原因があり、しかもすべての犯人が同じです。勘のいい方はとうに見抜いてらっしゃるでしょう。そう、犯人は猫です。我が家の二匹の飼い猫、しおりとこぐちがやったものです。
 寝室でひとりでに点灯消灯する蛍光灯は、箪笥の上で丸くなって眠っていたしおりが犯人でした。もちろん手でスイッチを押したわけではなく、単におしりのあたりがちょうどスイッチ付近にあって、ちょっともぞもぞしただけ。箪笥の上には脱いだままの服が摘んでる上、しおりはキジトラ柄、暗がりでは迷彩のようになってどこにいるのかわかりませんでした。ひとりでにコピーを取るプリンタは、黒白ハチワレ柄のこぐちが犯人。タッチパネルというのは猫の肉球でも反応しちゃうんですね。書庫は、外開きのドアなら開けられるしおりが私が見ていない隙をついてドアノブにとびついて開け、遊び回って棚の文庫を出してしまったのでした。空の段ボールをドア前に積んでいるのは、勝手に開けさせないためのバリケードのつもりですが、最近はジャンプで易々突破されるので、対策を考えなければいけません。
 密室の謎さえ猫がいれば「なあんだ」で終わってしまうかもしれない、猫、おそるべし。しかし切り口を変えてみたところで、私の技巧の拙さが目立つばかり、修練しなければと書きながら反省しました。百戦錬磨でいらっしゃる協会員の先輩方を前に、面白いミステリを生み出すのはやはり至難の業と痛感しましたところで、入会のご挨拶と代えさせて頂きたいと思います。
 最後になりましたが、入会にあたりましてご推薦くださいました北村薫先生、戸川安宣様に心からの御礼を申し上げます。ありがとうございました。
 追記・こぐちがどうやって「メガベース」なるものを起動できたのか、今を以てしてもわかっておりません。