日々是映画日和

日々是映画日和(85)
――ミステリ映画時評

三橋曉

 ケイト・ブランシェットの快進撃が続いている。先に、ハイスミスの自伝的要素が色濃い『キャロル』で、心に孤独を抱えるヒロインを好演したばかりだが、間もなく公開の『ニュースの真相』では、二〇〇四年のアメリカ大統領選挙戦のさなかに持ち上がったブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑をスクープしたCBSニュースの辣腕プロデューサーを演じている。映画の中で描かれるジャーナリズムの危機は、今や対岸の火事と片付けられないが、権力におもねることなく報道を続けることの困難さが、彼女演じるヒロインの苦境を通して鮮明になっていく。内部調査委員会の席上で、真相の在処を論じる彼女のロジカルで切れ味鋭い陳述は、ミステリ・ファンをも唸らせる説得力がある。

 さて、原作はル・カレの同題小説だが、『われらが背きし者』は、いわゆる巻き込まれ型サスペンスの典型ともいえる。モロッコで妻と休暇を過ごすイギリス人の大学教授ユアン・マクレガーは、バーで声をかけてきたロシア人の富豪ステラン・スカルスガルドと親しくなっていく。ほどなくロシアン・マフィアという相手の正体を知った主人公は怯むが、家族をイギリスに亡命させるため、手助けしてほしいと懇願され、やむなく取引材料である資金洗浄の情報が入ったUSBを携え、MI6と接触する。しかし目の前には、前途多難な亡命劇が待ち受けていた。
 巻き込まれ型とはいえ、そこはル・カレの小説の映画化なので、国際金融社会の動向や、英国政府内の対立関係など、物語の背景は決して単純ではない。人間関係にしても、ロシア人一家と行動を伴にする教授とその妻ナオミ・ハリスとの夫婦関係は危機的な状況を迎えており、交渉相手であるMI6のダミアン・ルイスは、実は組織内で微妙な立場に立たされている。そのあたりを濃やかに描き出すのは、『ドライヴ』や『ギリシャに消えた嘘』で実績のあるホセイン・アミニで、本作でもいい脚本を提供している。監督のスザンナ・ホワイトはテレビ畑出身のようだが、演出は手堅く、見終えた後も、主題の苦い余韻がいつまでも胸を去らない。※十月二十一日公開予定(★★★1/2)

 『黄金のアデーレ』の駆け出し弁護士から『デッドプール』のなんちゃって正義の味方まで、幅広い芸域でひっぱり蛸のライアン・レイノルズだが、新着の主演作『セルフ/レス 覚醒した記憶』は、近未来の不老不死の物語だ。病で余命半年の宣告を受けた老建築家は、フェニックスという研究所の責任者マシュー・グードから、遺伝子操作で作られた若い肉体に、自分の頭脳のデータを移行させないかと勧誘される。かくして、死と同時に新しい体を手に入れた主人公だったが、薬の飲み忘れから、しばしば幻覚に見舞われる。この体はクローンではなく、かつて別の持ち主がいたのではないか。そんな疑問に駆られ、フラッシュバックで浮かぶ光景を手がかりに、肉体のルーツをたどろうとするが。
 SFの設定としては、やや新鮮味に乏しいが、物語の進展につれ、小気味よくサプライズが釣瓶打ちされていく。事実関係が次々と物語の裏側で繋がっていく展開が、ミステリ的なカタルシスを生んでおり、途中で予想がつくとはいえ、ロマンティックなクライマックスも、着地点として悪くない。監督は、インド出身のターセム・シン。共同監督作もあるアレックス&ダビのパストール兄弟が、ワンアイデアを大きく膨らませたオリジナル脚本で、手練れの技をみせる。※九月一日公開予定。(★★★)

 死者の脳から生前の記憶を映像として再現できるようになった近未来が舞台の『秘密 THE TOP SECRET』は、清水玲子のコミックが原作だ。警視庁の特別捜査チーム〝第九〟を率いる警視の生田斗真は、家族三人を惨殺したとして死刑が執行された椎名桔平の頭の中に、行方不明の長女織田梨沙が刃物をふるう姿を見つけ、驚愕する。しかし冤罪をおそれる検察庁は事件の再捜査を認めず、やむなく犯人逮捕にかかわった刑事の大森南朋を巻き込み、生田は秘密裏に事件を洗い直そうとする。間もなく長女は記憶喪失の状態で見つかり、拘置所で自殺した連続殺人犯吉川晃司との謎めいた繋がりが浮上するが。
 コミックから映画へと、大友啓史監督は巧みに枠組みをシフトさせ、行き交う登場人物も、脇役に至るまで重心の低い存在感がある。惜しいのは、センセーショナルな捜査法をプロットに十分活かしきれていない憾みがあることで、中盤からはミステリというよりも因縁の物語になってしまう。そうなると連続殺人犯の存在感も薄れ、すでに巷に溢れる扇情的な作品の数々と印象が重なり、既視感だけが残る。このフォーマットをそのままに、続編の〝第九の事件簿〟を期待したいところだ。(★★1/2)

 ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の新作『イレブン・ミニッツ』をここで採り上げることに迷いはないが、ミステリ映画というよりは、野心的な怪作と呼ぶに相応しい。モチーフは数字の〝11〟で、午後五時からわずか十一分という短い時間を捉え、時の流れを凝縮した十一の物語が不思議な交錯を見せる。
 途中、視点を変えながら同じ時間がリピートされ、繰り返される時報や旅客機の音が、それをいやでも意識させる。エレファント型ミステリ映画の極意だが、十一人の登場人物たちがどこで繋がるのか、思いめぐらせながら向き合うのが吉だろう。※八月二十日公開予定。(★★★)

※★は四つが満点。公開予定日の付記ない作品は、公開済みです。