日々是映画日和

日々是映画日和(94)――ミステリ映画時評

三橋曉

 ヤマが外れて空振りした。といっても野球ではなく、このコラムで採りあげようと観た映画のことであるが。てっきりミステリ映画だと思った一本が、見終えてみると純然たるホラーだったのだ。ちなみに映画は『ジェーン・ドウの解剖』。予告編を深読みし、まんまと釣球に引っかかった形だが、続けて観た作品が直球ど真ん中。というわけで、今月はその絶好球の一本から。

 実際の事件が下敷きになっているという『オペレーション・メコン』は、昨年の東京国際映画祭で『メコン大作戦』として上映されたダンテ・ラム監督の新作である。タイ、ミャンマー、ラオスの三国にまたがるメコン川の流域は、黄金の三角地帯として悪名馳せる麻薬の密造地域だ。そこを航行する中国船が襲われ、乗組員が殺された上に、出所不明の積荷である大量の麻薬が消えた。中国政府は特殊部隊を率いる公安警察のチャン・ハンユーを派遣し、現地の諜報員エディ・ポンと共に事に当たらせるが、事件の裏側には麻薬組織間の暗闘があった。麻薬王を生け捕りにすべく、悪の無法地帯に彼らは乗り込んで行くが。
 一四〇分という長尺ながら、カーチェイス、銃撃戦、潜入作戦と畳み掛けるスリリングな展開は、息をもつかせない。ここのところ「激戦」や「疾風スプリンター」など、熱いスポーツ映画が印象に残っているが、やはり現時点で、香港映画における犯罪・アクション映画の第一人者といえば、このダンテ・ラムだろう。ミステリの捻りには乏しいが、緊張感みなぎる展開は見応え十分。関連諸国との連携を抜きに、強引な作戦を敢行する当局の描き方に、この国らしさがちらりと見えるあたりも面白い。(★★★)

 「タクシー・ドライバー」や「ローリング・サンダー」の脚本を書いたポール・シュレイダーは、オールド世代(つまり私)にとってカリスマ的な人物だ。一方、前科者という経歴がまるで勲章のようだった作家エドワード・バンカーの強烈な存在感も忘れがたい。その二人が、監督×原作で四つに組んだのだから(バンカーは故人だが)、『ドッグ・イート・ドッグ』の文字通り激烈な出来映えも、当然といえば当然だろう。
 長い懲役刑が明けて出所したニコラス・ケイジを二人の仲間が出迎えた。短気なコカイン中毒者のウィレム・デフォーと柔和な内側に暴力性を隠したクリストファー・マシュー・クックである。リーダー格のケイジは、地元ギャングの首領ポール・シュレイダー(!)の手引きで、金と麻薬を手に入れるが、忽ちカジノで使い果たしてしまう。やむなく手を染めた誘拐ではデフォーが暴走し、窮地に立たされることに。主人公ら三人組のクレイジーさも半端ないが、映画もとことんクレイジーで、ジム・トンプスンの「死ぬほどいい女」を連想させる混沌とした展開は、犯罪映画の極北と呼ぶに相応しい。※六月十七日公開予定(★★★1/2)

 ピンク七福神の一人、いまおかしんじ監督の『ろんぐ・ぐっどばい 探偵 古井栗之助』は、ユーモアを交えた軽ハードボイルドの乗りで繰り広げられていく。軽快なフットワークを見せる主人公の探偵を、「あまちゃん」で知名度を上げ、「エミアビのはじまりとはじまり」で前野朋哉との見事な掛け合いを披露した森岡龍が演じている。
 施設育ちの雇われ探偵に育ての親が回してくれる仕事は、ちょっとヤバいところがあっても、大事な食い扶持だった。今回舞い込んだのは、自殺した娘が持ち逃げした金を取り戻せという父親からの依頼で、主人公は医師で元カノの手塚真生から知らされた衝撃的な事実に悩みながらも、競輪場で知り合った蜷川みほとともに、この胡散臭い事件を追っていく。
 伊藤清美が演じる育ての親の役名が今日子というお遊びもあるように、チャンドラーやアルトマンへのオマージュというよりも、昭和のブラウン管を暴れまわっていたショーケンや優作を思い出させる。主人公の半端ないハンデを、お話の潤滑油として活かしているあたりもうまいものだ。手塚、蜷川の脇役陣をレギュラーにぜひシリーズ化してほしい。(★★★)

 世間から切り離された場所で教育を受ける子どもたち。彼らには、ある秘密があったーー。なるほど、すでに喧伝されているとおり、『ディストピア パンドラの少女』は、カズオ・イシグロのある小説を連想させずにはおかない。彼らが厳重な監視下に置かれ、自室と教室の往復も全員車椅子に固定されままの理由も、ほどなく明らかにされていく。原作は創元推理文庫から出ているM・R・ケアリーのデビュー作(実は、エドガー賞にもノミネートされたことのある作家の別名義だが)。それを「MI-5 英国機密諜報部」や「SHERLOCK(シャーロック)」など、もっぱらTV畑で活躍してきたコーム・マッカーシーが映画化した。
 感染性の強い謎の疫病が蔓延する近未来を舞台に、救いを求めて彷徨う一行を描く物語は、ホラーやダークファンタジーにおける一種の定石だが、オーディションで選ばれたというセニア・ナニュアの生命みなぎるポジティブな存在感が、ロードムービー的な物語をぐいぐいと引っ張っていく。出演作ごとに変幻自在のジェマ・アータートンが、キーパーソンとして果たす役割も見事。本作がミステリ映画だと言いたくなる逆転の発想に、現在の世界を覆う閉塞感を鮮やかに吹き飛ばす威力を感じた。※七月一日公開(★★★★)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。