新入会員紹介

入会に寄せて

大矢博子

 この度、千街晶之・太田忠司両先生のご推薦で、日本推理作家協会に加入のお許しを頂きました。尾張の地で書評を生業にしております。よろしくお願い致します。
 前回の協会報に新入会員として名前が載った際、驚くほど多くの方から「っていうか、入ってなかったんかい!」と、怒濤のツッコミを受けました。毎日のようにコメダ珈琲(という名古屋の喫茶店があるんです)に通って執筆してるのに、コーヒーチケットを買ってないと告白したときとまったく同じノリでした。緊張し過ぎてよくわからない比喩になってしまいましたが、察して下さい。
 そうなんです入ってなかったんです。ここまで入らずに来たんだから別にいいか、くらいの気持ちでいたんだす。が、その意識を変えたのは、昨年から今年にかけて携わったアンソロジーのお仕事です。そのアンソロジーはいわゆる「お仕事小説」で、ミステリではなかったんですが、自分がミステリの世界にずぶずぶとハマってしまったのは、日本推理作家協会のアンソロジーがきっかけだったことを思い出したんです。
 ……今気付きましたが、何だか文体が宇野鴻一郎さんみたいになっちゃってます。先日、アタシ、某誌の企画で官能小説についての座談会に出たんです。そのせいなんです、きっと。ホントはもっと重厚な文を書くんです。
 閑話休題。
 しまった、このエッセイまるごと閑話なので、休題したら冒頭の挨拶だけで終わってしまう。とにかく、話を戻します。
 中学の頃、はまっていたのは仁木悦子さんでした。昭和五十年代前半のことです。え、生まれてない? いやいやご冗談を。ピンクレディが流れたら体が動く女性と、燃えよドラゴンが流れたらエアヌンチャクを回してしまう男性は同世代です。きっとお分かり頂けると思います。あの横溝映画が次々ヒットした頃です。湖から足が出たり頭に懐中電灯立てたりアレが違うけど仕方なかったりするミステリが人気の中、仁木悦子さんの描く普通の市井のミステリに、私は「アリなんだ!」と蒙を啓かれた思いがしたものです。
 そして仁木クエストが始まりました。ネットなどない時代、市立図書館の「な行」の目録引出しを、市政開始以来最も多く開け閉めしたのは私だと思います。
 そこで『推理小説代表作選集』と出会います。日本推理作家協会の年鑑です。仁木さんの「石段の家」読みたさに1974年版を買った私は、戸板康二さんの「バイエルの八番」にやられました。都筑道夫さんの「退職刑事」にひっくり返りました。
 そこから戸板クエスト、都筑クエストも始まります。「グリーン車の子供」に瞠目した1976年版の『推理小説代表作選集』で、小泉喜美子さんの「冷たいのがお好き」に出会いました。そこから小泉さんが翻訳されたマーシァ・ミュラー(マーシャ・マラー)の『人形の夜』を知り、海外の女性私立探偵モノに心を奪われました。
 海と山と温泉しかない九州の田舎で、町の書店のおじいちゃんに創元推理文庫の『世界短編傑作集』を注文したらなぜか小池滋さん編の『世界鉄道推理傑作選』が届きました。ここはのちに仁木悦子『青じろい季節』を注文したとき、山口百恵の『蒼い時』を取り寄せた店です。それを思えば「世界」と「傑作」が合ってるだけマシです。鉄道の通ってないド田舎なのに、何の因果で鉄道ミステリ。届いたものはしょうがないので『世界鉄道推理傑作選』を読みました。そしたらそこにはボドキンのドーラ・マールがいました。これもまた運命の出会いです。余談ですが、それから十五年後に結婚した相手は超弩級の鉄道マニアでした。松本清張の『点と線』の話をすると、開通当時のあさかぜは客車の編成が違うという話を二時間語る男です。関係ありませんねそうですね。
 きりがないのでやめますが、私の「作家探し・作品探し」には、常にアンソロジーの存在があったように思うのです。そしてこの世界に入り、アンソロジーを企画したり、特定テーマでブックガイドを執筆したりする内に、いつか、自分がそうであったように、次の世代が新しい読書の扉を開けるような、そんなミステリのアンソロジーを編みたい、という気持ちがどんどん大きくなりました。
 日本推理作家協会への加入は、その年鑑で育った私が初心を忘れないための一歩であり、目標へ近づく一歩だと思っております。いつか(どれだけ先になるかはわかりませんが)「作品、採らせて!」と声をかけたら、どうか優しくして下さいね。