『ドストエフスキーからの「読者への挑戦状」を解読する』
土曜サロン・第一九○回
二○一二年十一月十七日
『カラマーゾフの兄弟』には謎が多い。ドストエフスキーは二部構成にする予定だったが、『カラマーゾフの兄弟』の刊行直後に病死したため果たせなかった。そのため続編については妻や友人に語ったという構想の断片が伝えられるばかりだという。
物語の謎についてはいくつかの研究書が出ているが、二○一二年度江戸川乱歩受賞作品である『カラマーゾフの妹』ではまた新しい角度からの視点を提案してくれた。今回の土曜サロンでは作者である高野史緒氏に『カラマーゾフの兄弟』の謎についてお伺いした。
『カラマーゾフの兄弟』の続編は十三年後であり、そのときアリョーシャはテロリストになっている。高野さんはもちろんそのことはご存じであったが、光文社文庫の新訳で読み直し、また亀山郁夫氏の『カラマーゾフの兄弟の続編を妄想する』に刺激され、自分なりに続編を考えるようになった。そしてフョードルの殺害場面にいくつか引っかかりを覚えたという。
引っかかった点について今まではドストエフスキーのミスと解釈されていた。しかし他の作品、たとえば『罪と罰』の老婆の殺害場面は現代の視点で読み返しても突っ込みどころがなく細部まで計算されている節がある。そこまで書いていた人がミスをするだろうか。
またドストエフスキーは父親が勤務していた病院の敷地内で生まれ、さらに政治犯として死刑判決を受けるが、刑の執行寸前に恩赦となり、その後は流刑地で数年間を過ごしたという前半生から人の死に様はおそらく数えきれないぐらい見ていただろうと思われる。このような体験をした人がこの畢生の大作の重要な場面でミスをするとは思えない。だとしたら、これも手がかりのひとつなのかもしれない。
その思いから自分なりに検証してみようと、まずは事件当日の各登場人物たちのタイムテーブルを作成した。『カラマーゾフの兄弟』の舞台は明らかにされていないが、作品の中で書かれている日没と教会の鐘の音から計算し、さらに天文ソフトをふたつ使って検証した結果、コゼリスクが当てはまった。ここはドストエフスキーが子供の頃に家族と過ごした場所でもある。子供の頃の時間の感覚は大人になっても残るものではないか。この二つの理由から舞台はコゼリスクに設定した。
探偵役をイワンに想定したのは、「大審問官」のときの犯罪者への指摘が現代のプロファイリングのようだったから。年代についてはこれもドストエフスキーははっきりと書いてないが、江川卓氏の一八七四年説を採用した。そうすると続編は一八八七年ということになる。一八八○年代というのはフランスでピエール・ジュネがトラウマという概念を論文に書いた頃であり、またホームズの活動も始まっている。ベアリング=グールドのホームズの伝記によればトレポフ殺人事件でホームズがオデッサに来るのがこの頃なので、ちょうどいい時期ではないかと思った。
こうして書き上げられた『カラマーゾフの妹』は二○一二年度乱歩賞受賞作となった。なお検証部分については「ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』」(ユーラシア・ブックレット)にて出版されているので、ご興味のある方は合わせて併読されてはいかがでしょうか。
【出席者】直井明、石井春生(文責)